2-2. 結果と考察 マイクロポケット内における物質拡散の理解 我々が開発したマイクロ流体デバイスにおいては、微小反応場であるマイクロポケット内の溶液条件制御は、主流路に流す溶液を入れ替えることによって行う(拡散による物質交換)。そこでまず、マイクロポケット内の濃度は0という初期条件、主流路内の濃度は常に1という境界条件の下で2次元の拡散方程式を数値的に解き、phi29がマイクロポケット内に拡散するのにどの程度の時間を要するかを見積もった。その結果、主流路にphi29を流し始めてから30分も経てばマイクロポケット内のphi29濃度は、主流路内の濃度の80%に達するとの結果が得られた(図2)。この結果は、phi29(67 kDa)よりも大きな蛍光ラベルタンパク(188 kDa)を実際に流して得られた結果と比較して、妥当である事が確かめられた。 ランダムプライマーを用いたDNA増幅 マイクロポケット中でM期の細胞を浸透圧ショックによりバーストさせて染色体を取り出した後、phi29 DNAポリメラーゼ及びヌクレオチド、蛍光ラベルdUTPを含む溶液(以下、DNA増幅反応溶液)をマイクロ流路へ導入し、マイクロポケット内の染色体に対するDNA増幅の様子を観察した。DNA増幅反応溶液を主流路に導入してから約70分後、染色体上および染色体周辺に、Alexa Fluor 568-5-dUTPの蛍光が観察された。その後もDNA増幅反応を継続させると、Alexa Fluor 568-5-dUTPの蛍光は時間と共に増強していったが、局在は確認されなかった。次いで、染色体が少し解けた状態のクロマチンについてDNA増幅の様子を調べたところ、クロマチン全体がほぼ一様にAlexa Fluor 568-5-dUTPの蛍光を発しており、蛍光の明瞭な局在は確認されなかった。 テロメア配列と相補的なプライマーを用いたDNA増幅 DNA増幅反応溶液を主流路に導入してから約70分後、 図2. マイクロポケット内へ拡散していく溶質の濃度分布の時間発展。縦軸は溶質の濃度、横軸はマイクロポケットの入り口から奥に向かっての距離。 図3. マイクロポケット内で細胞から取り出した染色体に対するランダムプライマーによるDNA増幅。左図:DNA増幅反応溶液導入直後。右図:DNA増幅反応溶液導入から約70分後。 図4. マイクロポケット内で細胞から取り出した染色体に対する、テロメア配列と相補的なプライマーを用いたDNA増幅。左図:DNA増幅反応溶液導入直後。右図:DNA増幅反応溶液導入から約70分後。 Alexa Fluor 568-5-dUTPの蛍光を確認したところ、染色体の集合体の一部にAlexa Fluor 568-5-dUTPの蛍光が確認された。ランダムプライマーを用いたDNA増幅の時よりもDNA増幅が抑えられていることから、もう少し長いランダムプライマーを設計し、DNA増幅の際の溶液条件をDNA増幅が抑えられる方向へ振ることで、凝縮部分と脱凝縮部分とが共存するクロマチン上におけるDNA増幅の局在性が観察されるか、更なる検討が必要であることが明らかとなった。 3. 今後の展開 今後は、マイクロ流体デバイス内の溶液条件の調整によって染色体を弛緩させてクロマチンを得、微細操作技術を用いてクロマチンに直線状の形態をとらせ、空間分解能を上げた上でDNA増幅の局在性を確かめると共に、マイクロ流体デバイスからの増幅産物回収及び塩基配列解析を行うことを通じて、新しい1細胞レベル・エピゲノム解析法へと発展させていきたい。 4. 参考文献 [1] H. Mori, K. O. Okeyo, M. Washizu and H. Oana, 2018. Biotechnology Journal, 13: 1700245. 5. 連絡先 Email: oana@mech.t.u-tokyo.ac.jp −17−
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