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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

アジアゾウが丸太を運ぶ!ミャンマーの伝統的な林業が示す持続可能性

地球の陸地の3分の1以上を覆う森林。さまざまな動植物を育み、CO2を酸素に変える重要な役割を担っているにも関わらず、世界の森林面積は減少を続けています。なかでも深刻といわれるのが熱帯林の減少や劣化です。九州大学の溝上展也教授は、熱帯林を有するミャンマーをフィールドに、この地において伝統的に行われてきた、アジアゾウを利用した林業の実態を調査しました。その結果、ゾウと人が共生しながら、環境負荷の極めて少ない林業を実践していることがわかったといいます。

「熱帯林の破壊」は林業の問題?工程のどこに問題があるのか明らかにしたい

九州大学大学院 農学研究院環境農学部門 溝上展也教授
九州大学大学院 農学研究院環境農学部門 溝上展也教授

「ミャンマーでは今も、丸太を運ぶのにアジアゾウを利用している」――ミャンマーからの留学生にこの事実を聞いた時、九州大学大学院 農学研究院環境農学部門教授の溝上 展也(みぞうえ のぶや)教授は大きな衝撃を受けたといいます。アジアゾウの林業利用は、かつてはインドやタイなど南・東南アジア数カ国で行われていましたが、現在その多くはブルドーザーなどの重機による作業に置き換わっています。しかし、ミャンマーでは、160年以上前から現在まで、主要な手段としてゾウの林業利用が継続されてきました。 「ミャンマーではチーク材など大径材の木材生産は国の管轄で行われていますが、その伐採の現場ではほぼ100%ゾウが利用されています。しかし、その実態の科学的な記録はなく、調べてみる価値があるのではと思いました」と溝上教授は言います。

「森林減少について語る時、熱帯林の森林伐採に大きな問題がある、とよく言われます。でも、果たして本当に林業が悪いのか、林業に問題があるとしても、どこに問題があるのか、詳細な研究はあまりなされていないんです。ミャンマーのゾウを利用した林業を詳細に調べることで、熱帯林における森林減少の問題点がどこにあるのか探りたいという思いがありました」(溝上教授)

「こうして、教授の所属する九州大学森林計画学研究室は、ミャンマー森林局・木材公社からの留学生とともに、ミャンマー式林業の持続可能性を評価する研究を始めました。さらに旭硝子財団からの助成を受けた本研究でGPSとビデオ撮影を組み合わせ、アジアゾウの利用実態とゾウの林業利用による環境負荷のレベルを明らかにしました。

ゾウによる集材は環境負荷が低いことが明らかに

丸太を運ぶゾウ。運ぶ時に起きる土壌撹乱は丸太1本分だけ
丸太を運ぶゾウ。運ぶ時に起きる土壌撹乱は丸太1本分だけ

ミャンマーで林業が行われている地区は、山奥の急峻な土地が大半を占めます。車を止めてから伐採現場まで徒歩で2〜3時間以上かかることが多く、時には湖をボートで越えることもあるそうです。重機が入ることが難しい立地だからこそ、林業家たちにとって、ゾウはなくてはならないパートナーであり続けてきました。そんなゾウたちが活躍するのは、トラックが入ることのできる積み込み場まで切り倒した木材を運ぶ「集材」という作業です。溝上教授は、木を運ぶ時に土がえぐられる『土壌撹乱』が、ブルドーザーなど重機とゾウを比べるとゾウのほうが少ないのではないかという仮説を立て、調査に臨んだと言います。

「詳細に調べてみると、ゾウ自身は、土壌にほとんど影響を与えていないことがわかりました。葉っぱなどは踏まれても元に戻る程度ですし、土がえぐられることはまずありません。ゾウの場合に起きる土壌撹乱は、ゾウが引く丸太の幅約1メートルだけ。対してブルドーザーは、左右4メートル幅で木を薙ぎ倒しながら進んでいきます。明らかにゾウの利用は、環境負荷が低いことがわかりました」(溝上教授)

もう一点、ゾウを利用することで環境負荷が軽減されていたポイントとして、残った木へのダメージがあります。ミャンマーの林業は、区域の木すべてを伐り出す「皆伐」ではなく、適した太さの木だけを伐り出す「択伐」です。残った木々にできるだけダメージを与えず、伐った木だけを運び出すことは至難の技ですが「ゾウは巧みに、木々を避けながら丸太を運んでいきます」と溝上教授。一方ブルドーザーは木を倒し、傷めながらしか運び出すことはできません。溝上教授は、ミャンマーの残存木の損傷率が世界の熱帯林平均よりも小さいのは、ゾウによる集材がその理由ではないかと結論づけました。

「熱帯の林業は、さまざまな樹種が育つ複雑な天然林で行われるため、選択的に数本伐り出し、残った木々に配慮するあり方が常識です。多くの国が、伐りすぎないこと、残った木々に配慮することをガイドラインとして定めています。しかし、今回の調査で、ガイドラインに沿って進めようとしても、ブルドーザーでは限界があるということがわかりました」(溝上教授)

ゾウの定年は60才。ゾウと自然と共生しながらの林業

ゾウにGPSをつけている様子。
ゾウにGPSをつけている様子。大きなゾウに取れないよう設置するのに苦労したそう

環境評価に加え、もう一点、溝上教授が研究を行ったのは、ゾウたちの生活様式と行動様式を明らかにする調査でした。浮かび上がってきたのは、健康を気遣いながら、ゾウに無理をさせないよう配慮して林業利用しているミャンマーの人々の姿でした。

例えば、ゾウの世話は一頭につきひとりの担当するゾウ使いが行います。ゾウは年齢によって区分して管理されており、引退の年齢は60才。引退後も食住と医療は保証されています。集材作業は早朝から午前10時まで。夕方まではエレファントキャンプ(ベースキャンプ)で休息をとり、夕方にはフリーの状態で野に放たれます。早朝ゾウ使いが呼び戻し、また集材が始まります。今回GPS調査を行ったところ、ゾウたちはフリーになっても遠くに行くことはなく、キャンプ周辺、平均数百メートルの範囲内で移動していることがわかりました。ゾウが、餌と水が豊富にあるベースキャンプの環境に満足している様子がうかがえます。

「ゾウには水も餌も大量に必要で、それらは現地で調達します。ミャンマーでは、ゾウが生活するための環境が整っていなければ、林業活動そのものが『できない』と判断されます。ですから、水が豊富で、川が流れている雨季にしか集材は行いません。伝統的な林業を続けてきたことで、環境にも、動物にも負荷をかけすぎず、共生していく森林経営ができているのです。熱帯の森林減少が進行している今、伝統的な林業活動の価値を見直し、大事にしていかなければ」と溝上教授は言葉に力を込めます。

持続可能な森林経営 は世界的なテーマですが、まだこうしたミャンマーの事例はあまり知られていません。溝上教授は、これまでの研究結果を論文の形にまとめ、ミャンマー式林業の国際的認知を高めていきたいと考えているそうです。

問題は違法伐採にあることを確信。今後はもっと広範囲に森林を研究したい

2018年12月、ミャンマーで現地調査を行う溝上教授・ミャンマー留学生とスタッフのみなさん
2018年12月、ミャンマーで現地調査を行う溝上教授(前列中央)・ミャンマー留学生((後列左から1、3、4番目)とスタッフのみなさん

今回の研究により、ミャンマー式林業は環境に配慮されていることが明らかになりました。しかし、ミャンマーの森林減少率は世界でもトップクラス。このギャップは「違法伐採」によるものと考えられ、溝上教授の今後の研究テーマになっていくそうです。

「違法伐採の問題に加え、もっと広域の森林を調査していきたいとも思っています。ミャンマーの森林には、国主体の林業区、保護区、住民主体でコミュニティ林業が行われている地区の3系統があります。今回調査したのは、国が主体で行う林業区の中で何が起きているのか、という点でした。今後は土地区分ごとに、どう森が維持され、あるいは壊れているのか、分析したいと考えています」(溝上教授)

もともと、数学や物理学が好きだったという溝上教授。森の状態を画像解析で数値的に解析する研究に始まり、徐々に人と森の関わり方を考えていく、社会科学的・地理学的なテーマへと研究範囲が広がっていったといいます。最後に、学生や若手研究者のみなさんにメッセージをいただきました。

「環境問題はとくに、複雑な要因が絡み合って起きている問題です。研究を進めるうちに、初めは興味がなかったことも関係してくることがあります。みなさんにはぜひ、自然科学と社会科学の領域を絞らずに、幅広く興味関心を持って、取り組んでみてくださいと伝えたいです」

    

Profile

溝上展也(みぞうえ のぶや)
九州大学大学院 農学研究院環境農学部門 教授

森林計画学、森林計測学を専門に、「持続可能な森林経営」をキーワードに研究を行う。ミャンマーやカンボジアをフィールドにした東南アジアにおける持続可能な森林経営のほか、針葉樹人工林における育林プロセス・経営システムの総合的評価、森林モニタリングにおけるデータの品質保証と有効利用をテーマにしている。

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