af Magazine
〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜
「持続可能な開発は、経済・環境・社会を調和させて」 〜2021年ブループラネット賞受賞者・ムナシンゲ教授に聞く〜
環境問題の解決に貢献した研究者に贈られる地球環境国際賞「ブループラネット賞」。2021年の同賞を受賞したモハン・ムナシンゲ教授は、持続可能な開発を進めるための具体的な方法論「サステノミクス(Sustainomics)」を創出したことで世界的に知られています。今日のSDGsの源流となっている「サステノミクス」や、サステノミクスから生まれた「公正な包括的グリーン成長」「ミレニアム消費目標」の概念など、その研究成果についてお話を伺いました。(取材日:2021年09月23日)
研究の根底にあるのは、不平等な社会を変えたいという想い
「人類は今、多くの世界的問題を抱えています。貧困と不平等、資源不足、パンデミック、紛争、そして気候変動は諸問題全てを悪化させる究極の脅威です。これらの問題は互いに依存し関連していますが、それぞれに関わる人たちの関心はバラバラです。私たちは包括的に問題に取り組む必要があります」
そう語るのは、2021年にブループラネット賞を受賞したモハン・ムナシンゲ教授です。ムナシンゲ教授は、常に「世界はまったく持続可能ではなく、不平等である」ことを強く認識してきました。教授の研究の根底には、そんな世界を変えたいという想いがあります。
「持続可能性と貧困・不平等の問題は、切っても切り離せない関係にあります。2012年時点で、人間の生活を支えるためには地球が1.7個分必要でした。このままいくと2030年までには2個分が必要になるでしょう。誰がそんなに消費をしているのかといえば、富裕層の人々です。世界の上位20%の富裕層だけで、資源の85%を消費しています。一方、底辺にいる20%の人々の資源消費量はわずか1.4%で、その割合は60〜70:1です」(ムナシンゲ教授)
教授によると、世界人口の1%ほどの超富裕層が出す温室効果ガスを一人当たりに換算すると、下位10%の貧しい人々の175倍にもなるそうです。富裕層が地球一個分の資源を使ってしまうなら、貧困層を救う資源はどこにあるのか、と教授は問いかけます。
「1948年に提言された世界人権宣言案に、今日のSDGsの要素は全て含まれていました。つまり、70年間大した成果はなかったといえます。このままでは自制の利かない市場の力と、道徳・倫理観の欠如が、さらなる貧困や不平等を生み、パンデミック・環境問題・テロリズムにつながっていきます。それでも富裕層は大金を使って安全な居住地で暮らし続け、一番被害を受けるのは、最貧困の人々なのです」(ムナシンゲ教授)
そして教授は、不平等な社会を変え、窮状を早く乗り越えるために、「サステノミクス」を創出しました。
持続可能な開発を進めるための具体的な方法論「サステノミクス」とは
「サステノミクス」は、ムナシンゲ教授が創出・提唱した、持続可能な開発を行うための統合的な方法論です。持続可能な開発、と言葉にするのは簡単ですが、いざ進めていこうとすると、どう取り組めばよいのかと悩む人は少なくないでしょう。30年前、世界銀行の環境政策チーフを務めていた教授は、リオ地球サミットで初めて、サステノミクスというフレームワークを発表。持続可能な開発を進めていくための具体的で実践的な道筋を示し、各国の開発戦略づくりに貢献しました。
教授の作り上げた「サステノミクス」とはどんなものなのでしょうか。サステノミクスには、4つの主要原則があります。
1つ目の原則は、個人が率先して行動すること、また行動できるよう権限委譲することです。教授は、持続可能な開発を「登山」に例えます。頂上=ゴールは雲に隠れて見えずとも、誰しもが今すぐ一歩ずつ山を登ることはでき、そしていつかは頂上に辿り着くはずです。
「まずは個人レベルで実践し、明らかに持続可能でない行動をなくしていきます。無駄な照明を消したり、開けっ放しの蛇口を閉めたりといったことから始め、会社や都市、世界へと行動を広げていくという考え方です」(ムナシンゲ教授)
2つ目の原則は、持続可能な開発のトライアングル「経済」「環境」「社会」の調和をとるということです。貧困・不平等・持続可能性など、どのテーマも常にこれら3つの側面を持っており、これらの調和こそが重要であると教授は訴えます。
このトライアングルは、新型コロナウイルス感染症(Covid-19)のような短期的問題や、気候変動のような長期的問題を考える際にも使うことができます。例えば、パンデミックは、人間が動物の生息地を侵害したり、持続可能でないやり方で家畜を管理したりといった、「環境」に起因して、「社会」や「経済」を混乱させます。また、温暖化ガスの問題は、「経済」の活動が原因で「環境」を破壊し、その結果起きる気候変動は、「社会-経済システム」を脅かします。
「増大していく経済が、社会と自然を壊していく現在の構図を変えなければいけません。例えば、投資の不均衡も避けるべきです。物質的成長や個人的な利益に根ざす極端な市場の力や腐敗・独占は、社会資本・自然資本を破壊します。経済資本はとても強大です。とくに人と人とのつながりや文化などの"社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)"は目に見えないので、過小評価されていますが、非常に大切な資本です。個人にとっても、よりよい生活・仕事をしていく上で人間関係は非常に大切ですし、地域社会にとっても、価値観や文化は社会をつなぐ接着剤となり得るものです」(ムナシンゲ教授)
サステノミクス3つ目の原則は、私たちの中にある様々な壁を壊し、乗り越えることです。まずは、自分の中にある心の壁、つまり、自己中心的な考え・堕落・暴力といった持続的でない価値観を乗り越えることが必要だと教授は言います。
「こういった非持続可能な価値観を取り除き、正しい倫理観を身につけることが、持続可能な開発への近道です。強欲さや利己的な心が、経済の異常発達を招き、過剰消費や貧困・不平等、今の汚染や自然資源の枯渇につながってきたからです」(ムナシンゲ教授)
また、関係者の間にある精神的な壁も乗り越えなければいけません。目標の達成には、市民社会や企業の協力を得て、取り組む必要があるからです。空間的な壁もあります。世界の問題は、家庭や近所だけでなく、国、世界レベルで考える必要があります。そして、時間という壁もあります。世界の課題を考えるには、すぐ先のことだけでなく、数年、100年先のことを考える視点が重要です。
そしてサステノミクス4つ目の原則は、議論するだけでなく行動する、ということです。教授が立ち上げたムナシンゲ開発研究所は、世界中のサステノミクスを利用した実践・成功事例を収集し、研究を続けています。そして、持続可能な開発戦略を立てていくための、実用的な分析ツールの提供や、政策の提案などを行っています。
先進国、途上国のあり方を示した「BIGG」の道筋
1992年にサステノミクスを発表したものの、ムナシンゲ教授と研究者仲間は、実際の世界で持続可能な開発のトライアングル(経済、環境、社会)を調和させるのは容易ではないと気がつきました。まずは、世界の指導者や政策決定者たちに、サステノミクスの考えを取り入れてもらうための実用的な方法が必要でした。そこで教授が提唱したのが「公正な包括的グリーン成長(BIGG)」です。これは、各国それぞれの開発段階に合わせて異なる持続可能な開発の道筋を示し、進路をとることを求めるものでした。教授は、まず「経済」と「環境」の2つのバランスをとることから始め、グリーン経済の手法をとれば、この2つを両立できることを示しました。
図3のBIGGの概念図に示すように、C点にいる先進国は既に安全限界を超えているので、生活の質を維持しつつも変革を進め、経済と環境を両立できるE点を目指します。B点にいる途上国は、先進国の通った道筋ではなく、最新の技術や知見を活かして、安全限界を超えることなくグリーン成長トンネルを通ってE点を目指します。こうすることで、「経済」と「環境」は調和できるのです。
さらに次の段階として、社会的な目標を満たすために、包括的で不平等を減らすような政策を実施します。このような過程を経て、経済・環境・社会の3つが調和した持続可能な成長となります。BIGGの道筋は、エネルギー、食糧、水などの資源にも適用でき、持続可能な開発の遂行、SDGsが示す諸問題の解決にも役立ちます。
ムナシンゲ教授は、2010年に、サステノミクスに基づいた「ミレニアム消費目標(MCGs)」という概念も発表しています。これは、地球資源のほとんどを消費している世界の富裕層に持続可能な消費パターンへの転換を求め、何十億人もの貧しい人々を助けるために資源を解放しようとするものです。この概念はその後、SDGsの目標12(つくる責任 つかう責任)にも組み込まれました。
BIGGとSDG12について食べものの観点から考えてみましょう。世界の食料生産の3分の1は、無駄になるか廃棄されています。8億人が飢えている中、米国では家庭の食料の半分が廃棄されます。ヨーロッパでは30%が家庭で廃棄されています。
「西洋の家族の一例ですが、この家族は過剰包装された食品や、その食品の量自体を減らしても、豊かな生活を保てるでしょう。これがBIGGの方向転換の一例で、消費の抑制を求めています。西洋の家族はお金も貯まるでしょうし、生活の質は豊かなままです。この転換は高価ではなく、追加費用も発生しません。一方アフリカの家族は、消費を減らす必要はありません。BIGGの道筋に沿って消費を増やすべきです。貧しい生活は持続可能ではなく非倫理的だからです」(ムナシンゲ教授)
「今取り組めば問題は解決できる。若者にはBIGG経路を作る大役を果たしてほしい」
公正で包括的なグリーン成長のための戦略を立案し、実践的な行動を大切にしてきたムナシンゲ教授。これからの新しい世界を担う若者には、大きな期待を持っていると語ります。
「世界の若者は、新しい知識、革新的な方法、最新の技術を使って、複雑な世界の問題を解決してくれる。そう私は考えています。世界の問題は複数あり、深刻な問題ばかりです。問題は複雑だけれども、サステノミクスや、公正で包括的なグリーン成長(BIGG)の概念を用いて今取り組めば、必ず解決することができます。私は、現在のこのままで何もしない危険なシナリオから、安定した未来へとシナリオを書き換えたいのです。BIGGの道筋を作る大役を果たすのは、日本や世界の若者たちです。ぜひ、各国で、持続可能な開発を推進してほしいと思います」
最後に、教授は、若い世代には、地球の調和を考える前に、自分自身の調和を実践すべきだとのアドバイスもくださいました。
「世界の持続可能な発展も大切ですが、若者世代のみなさんには、個人としての持続可能な成長も大事にしてほしいと思います。仕事とキャリア、自身の健康、自らの置かれている環境......そして、家族や友人、コミュニティなどの社会的なつながりも大切に。地球の調和を図る前に、これら3要素のバランスを取り、幸せで満たされた人間になってください」(ムナシンゲ教授)
本記事は、2021年ブループラネット賞特設サイトにて公開した、ムナシンゲ教授の対談インタビュー動画をもとに作成しました。ぜひ、対談インタビュー動画も併せてご覧ください。
2021年ブループラネット賞特設サイト
https://www.af-info.or.jp/blueplanet/special2021/
Profile
モハン・ムナシンゲ教授(スリランカ)
ムナシンゲ開発研究所 創設者・所長
統合的、学問横断的であり、開発の問題を経済・環境・社会の3つの観点からとらえる「サステノミクス」、「公正な包括的グリーン成長(BIGG)」や「ミレニアム消費目標(MCGs)」の考え方を創出、提唱した。BIGGは各国に発展の度合いに応じた持続可能な開発の道筋をとることを求め、MCGsは、世界生産のほとんどを消費する裕福な人々に地球への負荷を低減するため、消費目標の遵守を求める。2001年からは7年に渡りIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の副議長を務めた(2007年IPCCはノーベル賞を受賞)。現在は自ら設立したムナシンゲ研究所で研究を進めながら、2019年にはBIGGの道筋に基づいた「持続可能なスリランカ2030ビジョン」を大統領専門家委員会の委員長としてまとめ、推進している。2021年ブループラネット賞を受賞。