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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜
世界はどうしても変わりゆく。変化を吸収する力・レジリエンスこそ持続可能な世界への鍵。〜2018年受賞者ブライアン・ウォーカー教授に「レジリエンス」を聞く〜
SDGsの169のターゲットにも度々登場し、世界中で注目されるキーワード、レジリエンス(Resilience)。
2018年にブループラネット賞を受賞した、ブライアン・ウォーカー教授は、「システムが別の状態に移行せずに、受け入れることのできる許容力」であるレジリエンスを長年研究してきた生態学者です。教授に、これまでの研究成果を伺うとともに、持続可能な世界にシフトして行くために、今私たちにとって、レジリエンスがどんな役割を果たすのか。お話を伺いました。(取材日:2022年3月22日)
自然がそもそも備え持つ能力、レジリエンス。「変わりゆく世界で、どこで変わるべきかを学ぶこと」
「私の行ってきたことは、世界が常に変化していることを認識し、望まない方向に変わらされないために、どこで、どのように変わっていくべきかを学ぶ研究と言えるでしょう」
自身のレジリエンス研究を振り返り、こう語るのは、生態学者のブライアン・ウォーカー教授です。教授は、1970年代からこれまで半世紀近く、科学者仲間や学生とともに、さまざまな地域で、社会・生態系の持つ能力や変化に対応するしくみを明らかにしてきました。そして、レジリエンス研究の第一人者として、2018年にはブループラネット賞を受賞しています。
昨今、日本でも耳にする機会の増えた「レジリエンス」ですが、使用される分野や文脈によって、その言葉の意味するところは若干異なっています。ウォーカー教授が長年取り組んできたのは、社会・生態システムにおけるレジリエンスの研究です。レジリエンスを知るためにはまず、私たちの社会と生態系をひとつのものとして考える必要があります。
「私たち人間の社会は、生態系に組み込まれ、また生態系と強く結びついています。私たちは、人と自然から成るひとつの全体的なシステム、つまり社会・生態システムの中で生きているのです。このシステムは、時間・空間・規模の異なるたくさんの構成要素が関係しながら成り立つ、とても複雑なものです。このシステムに何らかの介入をした時、どんな反応があるか予測することはできませんし、その変化は連続的なものでもありません」(ウォーカー教授)
こうした世界の中で、社会・生態システムが持つ重要な特性がレジリエンスです。ウォーカー教授の定義によれば、「レジリエンスは、別の状態(=レジーム※)に移行せずに、変化を受け入れることができる、あるいは撹乱を吸収できる許容力」を指しています。
「世界は、惨憺たる状況へと移行していく可能性があります。しかし私たちは、最悪の状況にレジーム・シフトしないよう、レジリエンスを手がかりに方法を探っていくことができます。間違ってはいけないのは、レジリエンスは、同じ状態にずっと留まることでも、過去にその生態系があった状態に戻ることでもありません。レジリエンスとはつまり、変わること――絶えず変化する社会・生態システムの中で、望まない方向に変わらされないために、どこで、どのように変わっていくべきかを知ることなのです」(ウォーカー教授)
※レジームとは、社会・生態システムが取り得る、システムが留まりがちな一連の状態のこと。社会・生態システムは、複数のレジームを持つことができ、レジリエンスとは、好ましいレジームに留まり続ける能力といえる。レジリエンスを備えていない社会・生態システムは、外部からの撹乱(災害や疫病、戦争、市場の変動など)に見舞われた時、招かれざる不測の事態への移行=レジーム・シフトが起こりやすい。
変化し、それを超えると元には戻らないある一点、「閾値(いきち)」。これまでの疑問を説明できる画期的コンセプト
ウォーカー教授がレジリエンスの研究に着手するきっかけとなったのは1974年のこと。自身と同じ生態学者のホリング教授が書いた論文を読んだ教授は、そのコンセプトに大きな衝撃を受けました。
「今でも、あの時のことは鮮明に覚えています。真っ赤に染まった夕暮れの研究室でした。なんでこのことを思いつかなかったんだ!と、自分で頭をたたきました。ある生態系内の何かの量が増加しているとしましょう。増加の原因をなくせば元に戻るでしょうが、ある一点を超えてしまうと、原因を取り除いても元通りにはならず、違う状態になってしまうでしょう。それはまさに、私が実際に観察していた生態系でよく目にしていたことでした。レジーム・シフトが起きる決定的な点、つまり閾値(いきち)という考え方はとても興味深いと思いました」
当時、生態学における基本的理論は、生態系の状態は連続的にスムーズに変化する、というものでした。しかし、教授が観察していたサバンナの牧草地の様相は、こうした理論には当てはまらないものでした。牧草地帯には、牛が食べた後に草がまた生えてくる場所と、牛を移動させても、もう元の青々とした牧草地には戻らず、低木が多い状態のままの場所とがあり、教授は、その違いがどこにあるのか疑問に思っていたのでした。
ホリング教授とともにレジリエンスの研究を始めた教授は、サバンナのほか、地中海タイプの生態系、森、湖などの生態系など、世界の様々な場所で研究するプロジェクトに携わるようになります。地球規模の研究を通じて、教授は、人間の土地利用が自然界に与える影響は、とても大きいことを痛感し、人間社会と自然界は一つのものとして機能するという考えのもとに研究を始めました。1999年には、生態学や社会学、経済学など、学問の領域を超えてレジリエンスを研究するための「レジリエンス・アライアンス」という組織を作り、ウォーカー教授は初代理事長に就任、10年代表を務めました。
「ホリング教授が、同じ問題を違う分野で検討していた科学者たちに、"レジリエンス・ネットワーク"と名付けて一緒にやろうと声をかけたのが始まりです。当初のメンバーは、私を含む6〜8人でした。非公式な組織でしたが、非常に得る情報が多く、刺激に富んだグループで、別分野の人々も加わり徐々に大きくなっていきました。活動範囲を拡げ研究を継続するため、組織をつくることにしたのです」とウォーカー教授は「レジリエンス・アライアンス」ができた頃を振り返ります。現在、教授は運営から離れてはいますが、同組織は発足から20年経つ今も、活発に活動しています。トピックや各地域ごとにたくさんのサブグループが立ち上がり、次世代の若い研究者も多数活動に携わっているそうです。
「レジリエンス研究、そしてレジリエンス思考を世界に広げる起点として、大きな貢献をしたことも、アライアンスが果たした大きな役割だと思っています。世界中の社会科学者が集まって研究した後、レジリエンスの思考を所属機関に持ち帰り、独自の研究を進めてくれました。すばらしい閾値のデータベースを所有しているストックホルム・レジリエンス・センターはその最たる好例と言えると思います」(ウォーカー教授)
最適化を追求するのではなく、多様性とゆとりのある世界へ。レジリエンスは既存の世界解釈への挑戦
ウォーカー教授は、約50年に渡り、レジリエンスの高い社会・生態システムはどのようにして作られるのか、その仕組みを研究してきました。教授の研究成果は、気候変動や地球温暖化など環境問題を抱える世界に一定の示唆を与えてくれます。とくに重要なポイントとしてまず教授が挙げたのは、「閾値」という概念です。
「私は数多くの社会科学者とともに、ある要素のレベルや量に着目した研究をいくつも行ないました。ある要素が一定の値、つまり閾値を超えると、予想もしなかったことが起こり始め、もう二度と元の状態に戻れなくなります」と教授。
代表的なものとして、湖の富栄養化の事例があります。周辺の農地などから肥料由来の窒素・リンなどを含む栄養塩が流れ込むと、藻の繁殖力が高まり、まるで緑豆がたくさん入ったスープのようになります。動物プランクトンのような微生物が増えて藻類が食べられ元に戻ることもありますが、栄養塩の流入量が一定水準を超えると、もう二度と澄んだ湖には戻ることはできません。
レジリエンス、元に戻る能力は、閾値までの距離として考えることもできます。現在の状態が閾値に近い位置にあればあるほど、少しの変化に弱く、最終的にはほんの一押しで別の状態に移行してしまうのです。
「まず考えなくてはならないのは、その生態系には閾値があるのかどうかです。そして、その生態系を管理するために閾値がどのあたりにあるかを知ることがとても重要です」(ウォーカー教授)
さらに教授は、多様性や他とのつながりやすさといった特性はレジリエンスを高めることがわかってきたと語ります。とくに教授は、「応答の多様性」の重要性を強調します。
「例えば、マメ科の植物は、土壌中で窒素を固定するという役割を担っています。10種のマメ科がある土地で、火事や霜などの災害が起きても、生える場所や耐寒性などの違いによって、同じマメ科でも1〜2種はきっと生き残るでしょう。つまり、多様性があれば、生き残った種が窒素を固定するという役割を果たし続けるのです。一方、マメ科の種が1〜2種しかない土地で災害が起きれば、ある特定の攪乱のために生態系の窒素固定という役割が失われ、生態系は別の状態へと変わってしまいます。
いま問題なのは、"窒素固定を目的とするならば、10もの種は必要なく、窒素固定の能力が高い1種だけ栽培することこそ効率的だ"という考えが趨勢を占めるということです。例えばビジネスの世界では、それが当然のことと考えられていますよね」(ウォーカー教授)
教授は、最適化という目標を最優先にするやり方から脱し、レジリエンスを中心に据えた政策・方策を取ることが、持続可能な世界をつくるためには必要であると訴えてきました。人の領域と自然の領域は依存し合っており、一方の領域をもう一方の領域から切り離して考えても、結局解決策にはなり得ません。しかし人類は、どちらかの領域だけ、しかも限られた範囲だけを見て、最適な方法を取ろうとしてきました。
「最適化を求める方策は、解決になるどころか、より大きな問題を起こしかねず、実際、世界にはそんな実例がたくさん存在しています」と教授は言います。
「人類はこれまで、システムのある要素だけを理解し、管理して、欲しい物の生産量を最大化しようとしてきました。しかし昨今、それではうまくいかないことが多く、最適化の追求は持続可能なものではないということがわかってきています。レジリエンスに基づく多様性とゆとりを重んじる思考は、最適化と効率を優先する既存の世界観に代わる、新たな世界の解釈の仕方なのです」
レジリエンス思考は、誰もが身につけられるもの。個々人でぜひ活用してほしい
現在は第一線を退いたウォーカー教授ですが、新たに挑戦していることがあります。教授は現在、レジリエンスを問題解決に応用するフレームワークと方法論を作るために、いくつかのワーキンググループでアドバイザーとして関わっています。
「正しい質問設定が必要なのです。例えば、ある人は、森林の伐採量の最適量はどれくらいだろう?という問題設定をしていました。しかしレジリエンスの観点からは、森林伐採量に閾値があるのかどうかを問うことがまず必要です。漁業の資源管理においても同じです。漁業による最適な捕獲量を尋ねるのではなく、閾値があるのかないのかを考えるのです。もし閾値がありそうなら、その生態系について研究、分析し、閾値を確定するところから始まるのです」と教授は言います。システムはどういう状態にあり、移行期にあるのかどうか。教授は現在、閾値を基にして判断する手法を確立しようとしています。
「気候変動、パンデミック、経済危機、戦争、難民の大移動など、世界が直面している多くの脅威は別々の問題ではありません。全てが統合的なシステムとして、相互作用しています。それぞれの問題は、他の問題に影響を及ぼし、多くの場合、悪影響を与えています。私たちは、いま世界が置かれている統合的な状態を理解する方法を確立し、レジリエンス思考を用いて適切に介入しなければなりません」(ウォーカー教授)
2022年、ブループラネット賞は創設30周年を迎えます。ウォーカー教授は、創設30周年を記念して過去受賞者3名で行う、環境問題に関する共同提言の作成メンバーです。教授は今、未来に向けて、何を訴えていきたいと考えているのでしょうか。日本の私たち、とくに若者世代に向け、最後にメッセージを寄せていただきました。
「ひとつ、明確に言えることは、環境に対して手を打つコストの方が、打たずにのしかかるコストよりも、はるかに小さいということです。若者世代は、未来を心配していて、うまくいく解決策を模索していると思います。そうした皆さんには、ぜひ、仲間を作り、アイデアを共有し、力を合わせて問題に立ち向かって欲しいと思います。そして、最後に、レジリエンスに基づく思考は、誰にでも使えるものです。ぜひレジリエンスについて学び、その思考を取り入れて欲しいと思います」(ウォーカー教授)
Profile
ブライアン・ウォーカー教授(オーストラリア)
オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)名誉フェロー・オーストラリア国立大学名誉教授
「社会-生態システム」におけるレジリエンス(回復性、強靭性)概念の開発に最も大きな貢献をし、変動する環境下で社会が持続するには、高いレジリエンスが必要であることを提唱。その後、持続可能性を見据えたレジリエンスの研究が盛んに行われるようになった。今日、レジリエンスは環境保全、持続可能な開発、環境経済、環境保護、防災政策などの基本的概念となっている。2018年ブループラネット賞を受賞。