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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

ブータン王国は、なぜ歩むものの少ない道を選んだか。 王女殿下の語った、革新的変化のものがたり 〜2022年ブループラネット賞受賞者記念講演会より〜

2022 年ブループラネット賞受賞者、ジグミ・シンゲ・ワンチュク第4代ブータン王国国王陛下は、1970年代初めに国民総幸福量(Gross National Happiness:GNH)という開発哲学を発表しました。それ以来、この独自の哲学はブータン王国の開発の歩みの指針となっており、世界でも広く認められています。2022年10月、ソナム・デチャン・ワンチュクブータン王国王女殿下がジグミ・シンゲ・ワンチュク第4代ブータン王国国王陛下のご名代を務めた受賞者記念講演「歩むものの少ない道:革新的変化のものがたり」を参考に、GNHを軸にしたブータン王国の歩みをお伝えします。

時代を超え、不変となった国民総幸福量(GNH)という価値観

ソナム・デチャン・ワンチュクブータン王国王女殿下
2022年ブループラネット賞受賞者記念講演より、ジグミ・シンゲ・ワンチュク第4代ブータン王国国王陛下のご名代を務められたソナム・デチャン・ワンチュクブータン王国王女殿下

ブータン王国は、ヒマラヤの麓に位置する山国です。人口は約87万人、面積は日本の九州とほぼ同じ約3万8000平方キロメートル。ヒマラヤの氷河からの雪融け水、モンスーンによる降雨が川に流れ込み、山々の間をとうとうと流れています。厳しくも美しい自然のなかで、人々は生活しています。

そして、この国を治める国王として、1972年に即位したのがジグミ・シンゲ・ワンチュク第4代国王陛下でした。16歳という若さで国王となった陛下は、ブータンをどのように治めていくべきか悩み、答えを求めて国内各地を訪問、国民と対話を重ねました。辿り着いたのは、人々が望むものは、突き詰めれば、幸せであるという答えでした。そして、この洞察をもとに1970年代初頭に、GNH(Gross National Happiness・国民総幸福量)という開発哲学を提唱します。

「第4代国王陛下は、開発は常に国民の満足と幸福を促進するものでなければならないという確固たる信念に基づいて、GNHを考案されました。私たちは、良い統治、社会の調和、手付かずの自然の保全、文化の保全、国の安全と主権の保護、これら全ての要素が組み込まれた開発こそが、もっとも良い形のものだと考えています。GNHは、国の政策や、政策の優先順位に反映されることで、真に意味を持つようになるのです。

ブータン王国はジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下の治世下で歩むものの少ない道をすすみ始めました。そして、この時代に大きく発展しました。持続可能な開発、手つかずの自然環境、先進的な法律、民主主義、憲法、GNH、良い統治......これらは全て、その証左です」(ソナム王女殿下)

GNHという哲学を指針として、ブータン王国は第4代国王の治世でさまざまな変革と進展の時を迎えました。教育と医療の無償政策により、人々の暮らしの質は大きく変わりました。地方分権化と人民への権限移譲を中心とした良き統治を優先し、2008年、ブータン王国は成文憲法を採択。絶対君主制から議会制民主主義へと移行しました。そして今、急速な近代化と直面しつつも、ブータン王国では豊かな伝統を守りつつ文化も栄えています。

世界に先駆け憲法で自然を保護。国土の7割が森林、カーボンポジティブを実現する国

 パロ渓谷の風景
ブータンで最も美しい渓谷のひとつと言われる、パロ渓谷の風景 © coffe72 / amanaimages PLUS

第4代国王の治世における、もうひとつの同様に注目すべき成果は、ブータン王国を世界で十指に入る生物多様性ホットスポットにした自然環境の保護です。

「環境問題が国際社会の課題となるずっと前から、第4代国王陛下は、人間による開発が、有限な地球、そして生態系に大きな影響を与え、私たち自身の暮らしを圧迫し始めていることを察知していました。今日まで、ブータン憲法は国土の60%を森林とすることを義務づけており、そしてブータンの国民一人ひとりを、保護される環境の管理者としています」とソナム王女は語りました。

ブータン王国の憲法には多くの独自の特徴がありますが、ひとつの条項が丸ごと環境保護について述べられている憲法は、世界でもおそらく唯一でしょう。
この憲法のもとで森林保護を進めたブータン王国の森林面積は、現在では国土の7割以上。二酸化炭素排出量よりも二酸化炭素吸収量が多い状態、カーボンネガティブを実現しています。2009年、コペンハーゲンで開かれた国連気候変動枠組条約第15回締約国会議(COP15)では、世界に向けて永続的にカーボンネガティブであり続けることを宣言しています。「しかし、こうした努力にも関わらず、ブータンは気候変動や、気候に起因する異常気象による脅威に晒されている」と王女殿下は聴衆に訴えかけました。

「ヒマラヤ山脈の高地にある氷河が急速に後退しており、氷河湖の決壊による洪水の危険性が高まっています。これは、国民の生命や生活に、危険が迫っているということです。第4代国王陛下をはじめとする指導者が数十年かけて達成してきた、環境の微妙なバランスを保った水力発電などの開発が、すべてなきものにされてしまう懸念もあります。ブータンの行く道が、人々の考えや公共政策の議論に良い影響を与えられるのであれば、私たちがもっと環境政策を進める励みになります」

ブータンの進める「高価値・少人数」観光は、これからの世界に必要な視点

タクツァン寺院
首都・パロ渓谷の断崖絶壁にそびえ立つタクツァン寺院は、人気の観光スポットのひとつ © coffe72 / amanaimages PLUS

観光業はブータン王国にとって最も重要な外貨を稼ぐ業種のひとつです。同時にブータン王国は、観光の大衆化により繊細な山の生態系や活気のある伝統文化が受ける影響についてよく理解しています。

「先見の明のある第4代国王陛下が打ち出した政策のもと、ブータンは1970年代初頭の観光開始当初から、歩むものの少ない道を求めて努力してきました。
手つかずで、ここにしかない自然や豊かな文化、伝統遺産に触れられる観光です。ブータンの観光は、世界でもユニークなものです。高価値、少人数観光という持続可能なアプローチは、周りを意識し、考え抜かれた、先見の明のあるビジョンでした。各国が持続可能な開発をニューノーマルとすることを余儀なくされている現在において、よりいっそう重要な意味を持つであろうと私たちは考えています」(ソナム王女殿下)

コロナ感染症のパンデミックが発生したため、ブータン王国は2020年3月に国境を閉鎖し、世界からの旅行者は入国できなくなりました。閉鎖から2年後の2022年9月23日、修正版の「高価値・少人数」の観光政策を掲げて、ブータンは再び国境を開きました。

「ブータン王国の注目すべき新しい観光政策は、旅行者は持続可能な開発のための税金を1人1日200USドル払う必要があることです。このお金は、観光インフラの開発、環境保護、ブータン王国国民の教育、医療、社会サービスの支援に使われます。旅行者はお客様、訪問者としてブータンに来るかもしれませんが、その存在は、ブータン王国内では貴重な遺産を尊重し、保護するパートナーなのです」(ソナム王女殿下)

転換期を迎えるブータン。揺らがない価値観を胸に、新たな段階へ

ソナム王女殿下と2022年受賞者のカーペンター教授ご夫妻、理事長夫妻
ソナム王女殿下 (中央)、2022年受賞者のカーペンター教授夫妻 (右)、旭硝子財団島村理事長夫妻 (左)

今、私たちを取り巻く世界は劇的に変化しています。パンデミック、気候変動の影響、戦争など、不確定で不安定であることが日常になってきています。そして、テクノロジーの進化によって、システムやコミュニケーションの有り様も劇的な変化を遂げています。こうした変化の時代、ブータン王国もまた、転換期を迎えています。

「私たちは、予測不可能な未来に備え、未来に対応できる国民をどう育てるかということに着手しています。この変化の時代を捉え、国民の能力を高め、経済と統治の枠組みを強化することで、平和で安全かつ成功した国家を子供たちに引き継いでいきたいのです」(ソナム王女殿下)

ブータン王国は今、国づくりの根本的な部分、つまり、教育制度、行政業務、統治法体制を見直し、改革・再構築するという大きなプロジェクトに着手しています。「この改革の目的は、変化に強い未来を作れるよう国民に準備させること」とソナム王女殿下は言います。

「私たちの国は、信頼できる国家として、価値観、環境保全への取り組み、国民総幸福量の哲学に従うことで世界によく知られています。第4代国王陛下は素晴らしい基礎を築かれ、ブータンは国際社会から、信頼できる国として認知されています。そして今、ブータンはその良い評判をどう生かすかを学ぶべき時期に来ています」

物語の最後、ソナム王女殿下は「ブータンはきっと、直面している複雑な課題を乗り越えることができる」という強い信念を表明しました。

「ブータンが直面している複雑な21世紀の課題を克服するために求める考え方は、"偉大なる4世"と呼ばれる第4代国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下の時代に左右されることのない英知の中に明示されています。そしてそれは、今日、新しいブータンを作ろうと変革を計画している"人民王"ジグミ・ケサル・ナムギャル・ワンチュク第5代国王陛下の明敏なビジョンによって、進化し、強化され続けているのです」

最後に、ソナム王女殿下から、第4代国王陛下は、ブータン王国の自然環境の保護に尽力してきた代々のブータンの人々と、人類にとって今日、最も緊急な課題の解決に向けて著しい貢献をした世界中の個人や組織に、この賞を捧げたいと思っていることが伝えられました。

「ブループラネット賞は、環境問題解決につながる研究や活動を評価するだけでなく、環境保全への新たな取り組みを鼓舞するものと考えます。ブータンが、私たちや子供たちのためにより良く、より安全な世界を築く終始変わらぬ行動において、道なき道を行く模範となれるよう祈っています」(ソナム王女殿下)

Profile

ジグミ・シンゲ・ワンチュク第4代ブータン王国国王陛下(ブータン王国)

ジグミ・シンゲ・ワンチュク第4代ブータン王国国王陛下は、人々の幸福を開発活動や計画の中心におく国民総幸福量(GNH)という開発哲学を提起した先見の明をもつ指導者である。GNHは、環境を保全すること、持続可能で公正な開発を行うこと、総合的な幸福に役立つ文化を振興し、社会的価値を高めることに意義を与える。幸福量を社会的指標として利用することは国連が採用しており、OECDも報告書に使うなど、新しい枠組みのための着想を現代社会に対し与えた。2022年ブループラネット賞を受賞。



ソナム・デチャン・ワンチュクブータン王国王女殿下

ソナム・デチャン・ワンチュク王女殿下は、ジグミ・シンゲ・ワンチュク第4代国王陛下とドルジ・ワンモ・ワンチュク王妃の間に、1981年8月5日に誕生。王女殿下は、ダショ・ジグジェ・シンゲ・ワンチュク王子殿下とヴァイローチャナ・リンポチェ・ンガワン・ジグミ・ジグテン王子殿下の二人の子供の母親でもある。

学歴
2007年 法学修士(憲法理論)ハーバード大学 
2005年 大学院修了(国家法)ブータン王国王立マネジメント研究所
2003年 学士(国際関係)スタンフォード大学

経歴と役職
王女殿下は1999年18歳の時に当時の法務局に入局して以来、ブータン法学協会で要職を務めている。また、2005年、王立裁判所に高等裁判所の登録官となり、その後2010年にブータン最高裁判所の登録官として奉職した。また、ブータン王国国立法律協会、ジグミ・シンゲ・ワンチュク法科大学院の創設学長、ブータン弁護士会の創設会長、タラヤナ財団の取締役理事も務めている。

・2011-現在:ブータン王国国立法律協会 (BNLI) 創設学長
 -BNLIは、司法の研究・教育部門で、近年、法人支援センター設立の命を受けた。
・2017-現在:ジグミ・シンゲ・ワンチュク法科大学院(JSW Law) 創設学長
 - 2017年7月、勅許に従い、王女殿下は国王陛下から法科大学院の創設学長に指名された。
 -JSW Lawは、国内初、唯一の法科大学院である。
・2017-現在:ブータン弁護士会の創設会長
 -2017年、王女殿下は、2016年の司法試験改正に従い、ブータン弁護士会の創設会長に選ばれた。現在、王女殿下は2期目を務めている。
・タラヤナ財団の取締役理事
 -王女殿下はタラヤナ財団の取締役理事を務めている。
 -タラヤナ財団はドルジ・ワンモ・ワンチュク王妃により設立された非営利団体で、ブータン国内の弱い立場にある地域社会の人々の生活向上に取り組んでいる。

新たな取り組み
・ブータンにおける地域調停と裁判外紛争解決(ADR)の活性化
 -王女殿下の支援のもと、BNLIはブータンにおける昔からの慣行である地域調停とADRを制度化し活性化する努力をしている。この新しい取り組みを通して、BNLIは全ての地方自治体の指導者に調停活動について教育することに成功し、法廷に持ち込まれる係争中案件を大幅に減らすことにつながった。また、この活動は地域の活力、結束を強化する上でも重要で、国民総幸福量(GNH)を高める上でも必須のものである。
 -2019年以来、法廷附属の調停団も取り組みの一つとして導入されている。
・ブータン初の法科大学院の設立
 -国王陛下の命により、王女殿下はブータンにおける最初の国立法科大学院を設立するため先頭に立ち尽力している。
 -王女殿下はブータン初となる省エネキャンパスをパロに建設するプロジェクトを主導してきている。
 -王女殿下はまた、ブータン人の法律を学ぶ学生、特に学部生向けに独自の学位(法律)取得プログラム開発も先頭に立って進めてきた。
・JSW Lawにおける研究活動、プロジェクトの導入
 -王女殿下の指導の下、法科大学院は、国民総幸福量と法、持続可能な開発と法などの多くの研究活動やプロジェクトを開始した。
 -最新の取り組みは、気候変動に関する法と政策―幸福のための気候変動対策ある。これは複数年の研究・教育プロジェクトである。このプロジェクトのもと、JSW Lawは、気候変動と環境に関する法律の中核的研究拠点を設立する準備を進めている。国家の政策と法体系、国内・国際ネットワーキング、気候問題のリーダー育成について十分に検討することで、ブータンの気候変動の緩和策と適応策をサポートするためである。
・ブータン弁護士会の設立
王女殿下は、指導者不足を補うとともに、ブータン弁護士会を設立。王女殿下の支援の下、弁護士会は、法律専門家に最高水準が確実に維持されるように、司法試験(Jabmi試験)制度と懲戒委員会を設立した。

受賞
・国内賞
 -2015年:10年にわたる国家への献身的活動へのブロンズメダル
 -2008年:君主制100年記念メダル
 -2008年:ジグミ・ケサル勲章
 -1999年:ジグミ・シンゲ・ワンチュク国王陛下在位25周年記念メダル

・国際賞
 -2014年:タイ国弁護士会名誉会員(5人目)
 -2008年:トンガ国王トッポウ5世戴冠メダル
 -2008年:トンガ王国一等勲爵士王冠勲章

著作
・2011年:「カラスが語るお話 (Raven Tells a Story)」
 -ブータン王国憲法に込められている価値観についての大人も読める子供向けの本
・2007年:「憲法理論 ―ブータンの憲法と民主主義への移行」
 -2007年に書かれたハーバード大学法学修士論文

ジグミ・シンゲ・ワンチュク第4代ブータン王国国王陛下紹介動画

2022年ブループラネット賞表彰式典で上映したジグミ・シンゲ・ワンチュク第4代ブータン王国国王陛下の紹介映像です。





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