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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

紛争鉱物と、日本の消費者はどうつながっている? 「解決へのつながり」に目を向け丁寧に知ることが始まり。

近年日本でも急速に認知の広がった、消費者の社会的責任。2020年には消費者庁がエシカル(倫理的)消費を推進する特設サイトを開設するなど、国としても、「つかう責任」を果たす消費を促す動きが活発になっています。そうした中、東京大学未来ビジョン研究センターで特任講師を務める華井和代先生は、2008年からコンゴの紛争鉱物問題に注目、研究を続けてきました。この問題と日本の消費者とのつながりを明らかにするとともに、この複雑な問題の背景や現状を、日本国内に伝え続けています。

紛争鉱物問題とは。今コンゴで起きていること

東京大学未来ビジョン研究センターの華井 和代特任講師
東京大学の華井和代特任講師

地下に存在し、私たち人間にとって有用な物質である「鉱物資源」。今や、鉱物資源なしでは工業製品は成立せず、世界の産業を支える存在と言っても過言ではありません。鉱物資源は、産出する国に偏りがあり、中南米やアフリカなどに多く存在していることがわかっています。中でもコンゴ民主共和国(以下コンゴ)は鉱物資源が豊富な国。コバルトは世界1位、スズは世界8位、銅は世界10位の埋蔵量があると目されており(※1)、タンタル、ニオブ、タングステン、金なども産出されます。

「鉱物資源は、コンゴに利益をもたらす一方で、その周辺にはさまざまな問題があります。そのひとつが、紛争鉱物問題です」と話すのは、東京大学未来ビジョン研究センター特任講師の華井 和代先生です。

「紛争鉱物問題とは、鉱物の採掘・取引・流通によって得られる利益が、紛争主体の資金源となっている問題のこと。コンゴの場合、東部で採掘できるスズ・タングステン・タンタル・金(Tin, Tungsten, Tantalum, Gold:3TG)の4つが紛争鉱物となっています。タンタルは、身近な例ではスマートフォンなどの電子機器にも使われるレアメタルです。航空・宇宙産業でも使われています」(華井先生)

コンゴ東部で起きている紛争は、隣国ルワンダにおける牧畜民のツチと農耕民のフツによる対立に端を発しています。ルワンダでのツチ・フツ対立は、歴史的にフツとツチ両方の難民を生み、コンゴ東部にもたくさんの難民がやってきました。この難民に紛れ込んだ武装勢力の兵士たちが、紛争をコンゴにも持ち込んで対立。さらに、混乱の原因となっているルワンダ人を追い出そうとするコンゴ人の動きが生まれ、二重の対立構造となっています。武装勢力や軍は、3TGを資金源に紛争を続けており、組織的な性暴力を含む住民への人権侵害行為を行なっているという現実があります。

※1 出典:Mineral Commodity Summaries 2020
https://mric.jogmec.go.jp/wp-content/uploads/2021/01/trend2020_cd_data.pdf

日本の消費者は、紛争鉱物とどのようにつながっているか

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コンゴ東部イジュウィ島のタンタル鉱山で採掘する労働者(提供:2018アジア太平洋資料センター)

華井先生がコンゴの紛争鉱物問題を研究テーマに据えたきっかけは、「日本の私たちと、コンゴで起きている紛争は、本当につながっているのだろうか?」という疑問からでした。

「もし、現状や原因の理解が不正確であれば、対処方法も的外れになってしまう恐れがあります。誰かが正確な理解を紡いでいかなければいけない。私が、その仕事をしたいと思いました」

華井先生は、旭硝子財団から助成を受け、疑問の答えを探りながら、正確な理解を積み上げていきました。文献調査に加え、紛争鉱物に関係する日本企業やルワンダとウガンダの鉱物認証機関へのインタビューを実施。コンゴ東部で性暴力被害者の救済に尽力し、2018年ノーベル平和賞を受賞したデニ・ムクウェゲ医師と性暴力被害者への聞き取り調査も行いました。

そしてもうひとつ、華井先生が力を入れて取り組んだことがあります。それは、コンゴの問題を日本国内の多くの関係者に伝え、考える場をつくることでした。そして国内での講演活動や、国際会議の主催や共催のほか、「コンゴの紛争資源問題からとらえるビジネスと人権」というシリーズ・セミナーを毎年3回実施してきました。

「きちんと研究して、その内容を社会に還元したい、研究とアクションを循環させたいという想いがありました。ですから、セミナーの開催は当初から考えていたことでした」と華井先生は言います。セミナーは、企業、政府、JICAや市民活動団体など、あらゆる立場の関係者が参加してくれるよう企画を練り、実際にコンゴ問題に関わる日本国内関係者が一堂に会する場になっていきました。セミナー後には必ず交流会も開催。お互いの視点を伝え合い、参加者同士のネットワークが生まれるプラットフォームに成長していったそうです。

取引規制だけで紛争はなくならない。ひとつひとつ、結び目を解いていく

コンゴでの紛争関連イベントの発生件数(華井先生作成、提供)
コンゴでの紛争関連イベントの発生件数(華井先生作成、提供)

2010年、OECDとアメリカ政府は、「紛争鉱物取引規制」を制定し、企業に対して、自社の資源調達経路から紛争鉱物を排除するよう求めました。その結果、「紛争フリー」鉱物を認証する制度が数多く構築され、ある国際NGOは、2014年までにコンゴ東部の鉱山の6割が紛争フリーになったと発表しています。しかし、その一方で武装勢力の数が増加、紛争による事件も増加していることから、「紛争は未だ継続していると考えられます」と華井先生。金への規制が機能せず、資金源であり続けていることや、紛争主体は鉱山からは撤退したものの、周辺道路での違法な徴税活動によって資金を得ていることが紛争の続く原因と考えられるそうです。

世界では、紛争資金源となる恐れがあるとしてコンゴ産鉱物そのものを拒否する動きも生まれており、一般住民の生活が悪化するという新たな問題も発生しています。「問題がありそうだから買わない、というボイコットは、コンゴの一般住民の生活を助けることにはなりません。日本の私たちも、選別して買うこと、改善されているものを買い支える"バイコット(buycott)"の行動が求められます」と華井先生は話します。

華井先生によれば、日本企業はほとんど認証を受けた紛争フリーの鉱物を扱っており、その点において選択の問題はないそうです。生産地で違法な徴税があったり、紛争フリーではない鉱山に認証タグが持ち出されたりするなど、問題は認証制度の運用において起きています。日本企業はサプライチェーンの下流にありますが、直接生産地に赴いて監査をしたり、日本の企業複数で組合を作り、資金を集めて認証制度を運用するNGOに寄付したりといった直接的アプローチの検討も始まっているそうです。

「コンゴの問題は複雑で、たくさんの要因が結び目のように絡まっています。取引規制だけでは、紛争はなくならない。でも、絶望せず、ひとつひとつ解きほぐしていくしかありません。小さなひとつひとつは無駄なことではなく、いつかは、紛争の解決につながります」(華井先生)

日本とコンゴの「解決のつながり」に目を向けて

ムクウェゲ医師の講演会を開催(提供:華井先生)
2019年10月4日に東京大学で、ムクウェゲ医師の講演会を開催。旭硝子財団の助成金が開催を後押しした(提供:華井先生)

ひとつひとつ丹念に調査を積み上げていった結果、華井先生は、コンゴの紛争鉱物問題と日本の私たちに、つながりは「ある」という結論に至りました。先生は、コンゴの紛争鉱物などの社会問題と自分とのつながりを、3つに分けて捉えています。

1つめは問題が起きる原因と自分たちの関係を指す「問題とのつながり」。例えば紛争鉱物が使われたスマートフォンを購入すれば、問題を助長する原因になります。2つめは「問題解決とのつながり」。3つめはどんな社会問題も人間の尊厳の問題であるという意味でつながっていると考える「形而上的なつながり」です。日本人は1つめのつながりに意識を向けがちですが、2つめ、3つめのつながりに目を向けることが重要だと先生は言います。

「問題解決とのつながりを意識するきっかけは、私が学生時代に、パレスチナの難民キャンプを訪れた時、現地で支援活動をするNGOの代表から言われた言葉でした。 "ここではあなたは何の役にも立たないけれど、日本に帰って周囲の人に伝えることで寄付が集まれば、私たちは活動を続けることができる"と言われました。その時、自分にできる役割に気づいたのです。支援活動の理解を得る役割は、日本で、私にもできることです」

かつて華井先生が高校の教師だった時、生徒が"寄付くらいしかできない"と発言したことがありました。しかし、寄付が何につながっているのかきちんと見ていくと、問題解決につながる行動になっていることがわかります。そのつながりに目を向けて理解することは、問題解決をあと押しする重要な一歩だと先生は語ります。

   

華井先生は現在、従来から取り組む紛争鉱物問題に「コバルト」を巡る問題を加え、さらなる研究を進めています。コバルトは、電気自動車や蓄電池などに使われる重要鉱物で、コンゴに世界の埋蔵量の50%以上が集中しているといわれています。コンゴ南部で採掘されており、紛争鉱物とは異なりますが、コバルトの小規模手掘り鉱山は、危険な労働環境や児童労働などの人権問題を抱えていると指摘されています。

   

「蓄電池需要の高まりから世界的にコバルトに注目が集まっています。国際社会が、コバルトを皮切りに、鉱物を巡る問題に包括的に取り組むことができれば、このコバルト需要の高まりは大きなメリットになります。一方で、コバルトにフォーカスしすぎて他の鉱物が忘れられないよう議論を引っ張っていくことも、私の重要な仕事です」(華井先生)

最後に、華井先生から、環境問題に取り組もうとしている若者世代へ、メッセージをいただきました。

「まず、取り組む問題の周辺についても勉強してほしいということです。電気自動車は二酸化炭素の排出量を削減するけれど、コバルト鉱山で人権侵害に関わってしまっているかもしれない。広い視野を持ってください。次に、今取り組んでいる研究が、全体像のどこにあるのかを認識して取り組んでほしいということです。これは、絶望しないためにとても大事なことです。小さくても、微力でも、蝶の羽ばたきはいつか風を起こすかもしれない。いろんな蝶が集まれば、ひとつの解決に結びつくかもしれない。私もそんな蝶の一匹だと思っています。希望を持って、研究に取り組んでいきましょう」

 

Profile

華井 和代(はない かずよ)
東京大学 未来ビジョン研究センター 特任講師

2000年筑波大学大学院教育研究科修士課程修了。2001~2007年成城学園中学校高等学校で教職を務めた後、東京大学公共政策大学院へ(2011年専門職学位課程修了)。2015年新領域創成科学研究科博士課程修了。東京大学公共政策大学院特任助教を経て2018年4月より現職。研究のかたわら高校教諭の経験を生かして平和教育教材の開発や教育活動の実践にも取り組んでいる。著書に、博士論文をまとめた『資源問題の正義―コンゴの紛争資源問題と消費者の責任』。

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