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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜

持続可能な住まい方を問う。キーワードは、環境情報の見える化と自然素材への回帰

どんな家に、どう住まうか。持続可能な暮らし方を考える時、「住まい」は避けては通れない大きなテーマです。工学院大学の中島裕輔教授は、室内外の温度・湿度などの環境情報を「見える化」することが、環境負荷を下げ、人間にとっても快適な暮らしにつながるのではないかと考え、研究を重ねてきました。「重要なのは、情報を見える化し、人間自身が、住まいに働きかけること」と語る中島教授に、研究の成果と、建築の未来について、話を伺いました。

「そろそろ窓を開けて風を入れた方が涼しいですよ」。環境情報の見える化で省エネ行動を促す

工学院大学建築学部まちづくり学科の中島裕輔教授
工学院大学建築学部まちづくり学科の中島裕輔教授

私たち人間が生きてゆくうえで最も重要で根本的な要素である「衣食住」。産業革命以降の人類の活動が、地球温暖化を引き起こしていると指摘される今、私たちは、持続可能な衣食住へのシフトチェンジを迫られています。工学院大学建築学部の中島裕輔教授は、早い段階から「住まい」をめぐる環境問題に目を向け、旭硝子財団の研究助成を利用しながら長年研究を重ねてきました。

2008年から「研究奨励」を利用して、まず、住宅内外の温度・湿度などを計測して見える化するシステムを構築。その研究を発展させ、2010年から「若手継続グラント」の助成で、4世帯の集合住宅に環境表示システムを導入する研究を行いました。この2つの研究を踏まえ、2015年から中島教授が取り組んだのが、築年数や構造の異なるさまざまな戸建住宅を対象とした環境情報表示システムの開発です。

「実際に環境情報表示システムを社会実装していくならば、新築住宅への設置だけでなく、既存の住宅に対する可能性を探るべきだと考えました。そこで、既存住宅に後付けできるよう機器・システムを改良し、省エネと安全・健康という2つの面で役に立つことを目指したのです。既存住宅に後付けするシステムなら、例えば一人暮らしの高齢者の状況を、近隣に住む家族に伝えるといった使い方も期待できます。高齢者の熱中症やヒートショック症候群のリスクを低減することにもつながるはずです」と中島教授は、研究を始めた経緯を振り返ります。

対象としたのは、東京、埼玉、神奈川の一都二県の戸建住宅。高齢のご夫婦から子育て世代まで、そして築40〜50年の家からスマートタウンの中の新築省エネ住宅まで、異なる条件の延べ29世帯の協力を得て、実験が行われました。

「秋が近づくにつれ、夕方外気温が下がっていたにも関わらずクーラーをかけっぱなしにしている、という場合には環境情報の出番です。外の気温変化に気づいていない住民に、"外気温が下がったので、窓を開けて風を通した方が涼しいですよ"とアドバイスするシステムがあったら、きっと省エネにつながるはずです。逆に、冬には空気の乾燥状況や脱衣所の温度を知らせることで、健康面のリスクを低減する効果も期待できると考えました」(中島教授)

情報による環境行動の変化を確認できた。実験を経て断熱改修した家も

実験に使われたLEDインジケータの設置の様子
実験に使われたLEDインジケータの設置の様子

教授は、取得した環境情報を、同時に3種類のツールで住民に伝えることにしました。リアルタイムの室内外の環境情報をスマホやタブレットで見ることのできる「ウェブサイト」、室内外の温度を色の変化で表示する「LEDインジケータ」、そして、毎週・毎月・年間の各タイミングで発行される「環境レポート」の3つです。

「延べ約4年間の実験期間の中で、設置時に対面で機材や各ツールの説明を行った19世帯のデータを分析すると、そのほとんどが表示情報に従って行動を変化させ、環境改善と省エネルギーにつながったことが確認できました。3種のツールは、目に触れるタイミングや伝達可能な情報が異なるため、複合的に作用したようです」と中島教授。

さらに、実験期間中、比較的古い住宅に住む2世帯が断熱改修を決めて実施したことは予想以上の成果だったそうです。こうした大きな行動変容は、月間レポートや年間レポートにより、他の家と比較して現状を認識できたことで起きたのではないかと教授は分析しています。

「実際に改修にまで踏み切る方が現れたのは嬉しかったですね。自分の家は、他の家に比べて寒いという事実、そして、古い家でも断熱改修をすれば大きく室温が改善するということを知ったのが大きかったのではないでしょうか」

省エネだけでなく、冬には被験者の健康にもプラスの影響がありました。「毎冬喉を痛めていたが今年は健康に過ごせた」といった声が複数の住宅から寄せられ、省エネと安全・健康の2つの面での効果を確認できた結果となりました。

木、石、土といった自然素材にこそ未来がある

然素材を使用した家
自然素材を使用した家。構造材と床は無垢のスギ・ヒノキ。壁はホタテの貝殻を原料にした漆喰を使用。壁の中には木材を繊維状にした断熱材(左)を使用している

もともとは建築デザインに興味を持ち、建築学部に入学した中島教授。環境に配慮した建築について考えるようになったのは、卒業論文の指導を受けた恩師からの影響が大きかったと言います。これまで重ねてきた見える化システムなど一連の研究も、博士課程で携わったある研究がきっかけになっているそうです。

「恩師が提唱した"省エネ型の完全リサイクル住宅"を実際に作るというプロジェクトに関わったんです。いわば、どう壊してどう作るかをテーマにした住宅です。解体して次にまた使えるよう、リサイクルできる素材を用い、綺麗に取り外すことのできる家を設計し、実際に建て、解体して、また建てるという研究でした。同時に、ダイレクトゲイン(窓から日射熱を屋内に取り込み、床や壁に蓄熱しながら暖房効果を得る手法)や通風、排熱換気などさまざまなパッシブ設計(自然のエネルギーを利用して、快適に暮らすための設計)も導入しました」

住宅の完全リサイクルをめざしたこのプロジェクトは、木造と鉄骨造の2棟の実験住宅とも、解体・再築後のリサイクル率(実際にはリユース率)で95%以上となったそうです。研究に携わる中で、中島教授はたくさんの気づきを得たと言います。

「現代の建築は、早く丈夫に作ることだけを考えているのだと痛感しました。何かを接合する時、ベタベタと接着剤を使って貼り付けてしまう。こうなると、取り外して次に使うことは不可能で、資源がゴミに変わってしまいます。

このプロジェクトで感じたのは、解体する時までを考えた素材・工法選びの重要性とともに、木や石、土、漆喰といった自然素材の素晴らしさでした。自然素材は最終的に土に還り、汚染物質も出ません。また、熱や湿気を調節したり、臭いや汚染物質を吸着する機能を持った素材が数多くあります。日本で育まれた技術を見直して、もっと自然素材を活用した家づくりを増やしていくことがこれからは重要だと私は考えています」

中島教授によれば、海外では、建築物の環境影響が「ライフサイクル」のCO2排出量(ホールライフカーボンとも呼ばれる)で評価されることが増えてきているそうです。これまでは建物を使う際の省エネ性だけが重視されていましたが、建設に使われる材料に始まり、建てる時、使っている時、そして最後に解体し、廃棄・リサイクルする時の全工程トータル(=ライフサイクル)のCO2排出量での評価になります。欧米ではこのような評価に関わる規制・制度を持つ国も増えてきていますが、日本では、制度化に向けて検討が行われている段階だそうです。

「そう遠くない将来、日本でもライフサイクルでの環境評価が制度化されていくはずです。世界的にも、ライフサイクルを通じて環境負荷の小さい木造建築の良さが見直され、木造の高層ビルも登場しています。最後には土に還る自然素材を現代でもうまく活用し、居住環境の向上にもつながるような使い方の研究にも取り組んでいるところです」(中島教授)

研究は環境教育に発展。子どもに「環境を調節する住まい方」を伝える

左:教室では常に環境情報を表示。同時に、子どもたちは、学校支給のタブレットからも情報を閲覧できる 右:小学校で特別授業を行う中島教授

教授は現在、次のステップとして、旭硝子財団の研究助成を活用し、「小中学校における環境の見える化と環境学習を組み合わせた室内環境改善・省エネルギー手法の構築」(2025年助成終了予定)というテーマで研究を進めています。

これまでの見える化システムを教室に転用し、子どもにもわかりやすいよう工夫して、教室内の温度・湿度・二酸化炭素濃度を表示。中島教授が特別授業を行ない、表示の見方と環境調節の方法を子どもたちに伝え、変化を見るという研究内容です。すでに、品川区2校の小学4年生計7クラスで、夏季と冬季を中心に実験を行っており、現在、環境やエネルギー消費状況と、子どもたちの行動の変化を観察・分析しています。実験開始前には換気が足りず二酸化炭素濃度の高かった教室について、子どもたちが表示を見ながら窓を開閉する行動変化があり、快適な気温を保ちつつも室内の二酸化炭素濃度が下がるという結果が得られているそうです。

「私が、環境情報を"見える化"しようとしているのは、人間自身が住まいに関わり、環境調整を行う主体者になることが大事だと考えているからです。人間が五感を駆使し、考えて動くことが、持続可能な住まい方の近道だと思うのです。窓を開けたり、日射を遮ったり、住まいに働きかける重要性を、子どものうちに知ってもらいたい。今回の研究に留まらず、見える化システムの構築とともに、継続して環境教育には取り組んでいきたいと考えています」(中島教授)

室内の環境情報を得て、コンピューターが24時間、温度湿度を快適に調整するシステムは既に存在していますが、結果的に、利用する人々の省エネ・節電などの環境意識は醸成されません。そんな環境への無関心は、エネルギーが無駄に消費されることにもつながるでしょう。中島教授の研究は、こうした機械任せの省エネルギー対策に疑問を投げかけ、私たちの行動を変えることにこそ、環境問題解決の糸口があると訴えています。

「今、日本では、環境問題を技術で乗り越えようとする動きが活発です。しかし、これから学び、研究・開発をしていきたいと考える若者たちには、方法はいろいろあるということをぜひ、知っていてほしいと思います。過去に目を向け、昔ながらの知恵に学んだり、自然の中にある理にかなった仕組みに気づき、応用したりすることが、課題解決につながることもあります。大きな技術革新ではなく、身近な環境を改善することが、環境問題解決の第一歩なのではないでしょうか。例えば、自分自身の生活の環境負荷を下げるといった身近な実践から成功体験を積み上げて、社会を変えていってほしいと願っています」(中島教授)

 

Profile

中島 裕輔(なかじま ゆうすけ)
工学院大学 建築学部 まちづくり学科 教授

1997年より、早稲田大学大学院博士課程にて、完全リサイクル住宅の設計開発・各種実験に従事。早稲田大学理工学総合研究センター助手、講師、客員教授、工学院大学講師、助教授、准教授などを経て、2016年より現職。各地域での省エネ住宅のプロジェクトに携わりながら、環境教育の実践や、ホタテ漆喰などの環境調整建材の開発にも取り組む。

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