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〜旭硝子財団 地球環境マガジン〜


知の巨人・ジャレド・ダイアモンド教授からの提言。 「30年後の環境に向けた行動を。滅亡を防ぐのは長期的構想と既存の価値観を問う勇気」
2019年にブループラネット賞を受賞したジャレド・ダイアモンド教授。生物地理学、文化人類学、言語学など広範に渡る知見を用いて人類史を解き明かしたベストセラー『銃・病原菌・鉄』の著者として、日本でもよく知られています。人類史の決定に、環境が大きな影響を与えたことを解明したダイアモンド教授は、次作『文明崩壊』で、文明が滅びる背景に環境問題があったことを描き出し、世界中の人々に環境問題の重要性を伝えました。『文明崩壊』の上梓から15年。「知の巨人」とも呼ばれる教授は現在、地球環境問題をどのように捉え、これから人類はどう行動していくべきだと考えているのか。話を聞きました。(インタビュー日:2025年2月20日)
気候変動が自然災害の大規模化を招く

近年、世界中で自然災害の大規模化の傾向が指摘されています。2025年1月7日にロサンゼルスで発生した山火事は、何千軒もの家屋を含む1万4千ヘクタールもの土地を焼き尽くしました。ロサンゼルスには、2019年にブループラネット賞を受賞した、ジャレド・ダイアモンド教授が教鞭を取るカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)があります。教授の何十人もの友人たちも避難を余儀なくされたり、家を焼かれたり、財産をすべて失ったりした人もいたそうです。ダイアモンド教授は、一般的には気候変動が世界中で自然災害を増加させているものの、ロサンゼルスの山火事の直接の原因は人為的なものであると述べました。その上で、気候変動によって悪条件が重なった可能性を指摘しました。
「ロサンゼルスの気候は年ごとに大きく変動します。数年前には、雨の多い年が2年続き、陸上の植物が大きく成長しました。その次の年は暑い年になったので、成長した植物が今度は乾燥して大量の可燃物が生まれました。さらに、今年はサンタ・アナ風※1がとくに強かったのです。火災は自然発火ではなく、人為的に発生したものでした。その火災が、雨の多い年、乾燥した年、そして強風という条件が重なったため急速に広がったのです」
さらに教授は続けます。
「10年前、アメリカ人は温暖化の現実を信じていませんでした。しかし、人々が実際にその影響を受けるようになるにつれ、温暖化の重要性が認知されるようになってきました。気温は上昇し、私の住むカリフォルニア南部、そのほかの地域でも、昨年2024年は歴史上最も暑い夏となりました。人々はすでに、気候変動による被害を受けています。世界が直面する12の主要な環境リスク※2の中で、気候変動は最も目に見えやすく、最も直接的に被害をもたらし、人々が最も深刻に受け止めている問題です」
※1 「サンタ・アナ風」とは、米国カリフォルニア州南部において、秋から冬にかけて、内陸の砂漠地帯から太平洋岸に向けて強く吹く、高温で乾燥した風。これまでにも度々山火事の被害を拡大させてきた。
※2 ダイアモンド教授の著書『文明崩壊』で整理した、以下の12の環境リスクのこと。
天然資源の破壊もしくは枯渇
1.自然の生態系の破壊
2.魚介類などの野生の食糧源の枯渇
3.生物の多様性の喪失
4.土壌の侵食と劣化
天然資源の限界
5.化石燃料の枯渇などのエネルギー問題
6.水資源の枯渇(河川、湖沼など)
7.土地利用による光合成能力の限界
有害な物質
8.有害化学物質による汚染
9.外来種による生態系破壊
10.温室効果ガスによる地球温暖化
人口増加
11.人口の急激な増加
12.人口増加と生活水準の向上が環境に与える負荷
増加を続ける人口、増大する環境侵害量

旭硝子財団は、30年以上にわたり環境問題に関する世界の専門家を対象として「環境問題と人類の存続に関するアンケート」を実施してきました。そして、この調査に基づき、「環境危機時計」の時刻を発表しています。これは、人類の存続に対する危機感を時計の針で表したもので、真夜中は「これまで通りの生活ができなくなる時刻」を意味します。2024年の環境危機時計は9時27分(非常に懸念)を示し、調査開始から30年前の7時49分(ある程度懸念)と比べ、大きく進みました。2024年は、前年度比では4分針が戻りましたが、地域ごとの危機意識には差があります。北米では10時17分、西欧では10時15分と危機意識の高さが見られましたが、一方でアフリカは8時34分、中東では8時34分と「ある程度懸念」の範囲にとどまりました。
世界の有識者でも評価が分かれる中、ダイアモンド教授は、現時点での地球環境問題をどのように評価しているのでしょうか。教授は、地球環境問題をめぐる状況には、良い側面と悪い側面の両方がある、と話します。
「良いニュースとして、20年前には世界で最も破壊的な存在のひとつとされていた大手国際企業の一部が、環境保護のための対策を取り始めていることが挙げられます。大手企業のリーダーたちが環境を保護する重要性に気づいたのです。環境を保護することは利益確保につながる。それだけでなく、自身の子どもたちが環境危機の影響を受けるのだと認識したのです」
ダイアモンド教授は、著書『文明崩壊』(草思社、2015年・原著2011年)の中で、環境問題を12のグループに分類しています。エネルギーや有毒物質の問題に連なり、11番目12番目に提起されているのが人口に関する諸問題です。同書の中で教授は「本当に重要なのは単なる人口の数ではなく、その環境への影響である」であると述べています。教授は同書のなかで、ひとり当たりの環境侵害量※は先進国の人々で高く第三世界の住民は低いこと、そして全体の環境破壊は拡大していること、その理由として、環境侵害量の小さい人々が先進国の生活ぶりを目指して生活水準を上昇させたり、先進国に移住したりし始めていることが挙げられる、と指摘します。そして2025年現在、教授は、人口増加と消費の拡大、それに伴う環境侵害量の増大を「悪いニュース」として挙げました。
「世界人口はもうすぐ90億人に達するでしょう。世界中、とくに中国をはじめとする国々で、より多くの人々が豊かになり、消費を増やし、環境への影響を強めています。また、別の悪いニュースとしては、現在のアメリカ政府は特殊で、環境問題に対して敵対的な姿勢を見せています。パリ協定からの撤退を表明し、環境に害を及ぼす多くの政策を進めています」
※人間ひとりが消費する資源及び生み出す廃棄物の量。先進国では高く、第三世界では低い。著書の中で、ダイアモンド教授は、「アメリカ・西欧・日本は、第三世界の住民に比べ環境侵害量は約32倍」と書いている
医学から環境・地理・歴史の研究へ。きっかけは息子の誕生

現在、UCLAで地理学の教鞭をとる教授ですが、博士課程での研究テーマは「胆嚢」。医学部に在籍していました。父親が医者であったことで選択した道でしたが、双子の息子の誕生が、テーマを転換する大きなきっかけになったと語ります。
「1987年に双子の息子が生まれたとき、私は突然、彼らの未来が環境、地理、そして歴史の影響を受けることに気づきました。つまり、彼らの誕生により、生理学の研究から離れ、地理や歴史の研究へと転向し、現在それについての本を書くころになったのです」と教授。自分の子どもたちが、その時の教授と同じ50歳になる2037年に世界がどのようになっているのか。彼らにより良い世界を残すために、歴史に学び、文明崩壊のメカニズムを解き明かし、環境問題に対して私たちはどう行動できるのかを探るべきではないか。そう考えた教授は、人生の舵を切ったのです。
そしてダイアモンド教授は、いくつもの学問領域を横断して人類史の謎を解き明かした著作『銃・病原菌・鉄』を書き上げました。同作品は、人類にとって非常に重要な著作として高く評価され、アメリカで最も優れた出版物・文学作品に贈られるピュリツァー賞も受賞しています。分野を横断した学際的な研究のあり方について、教授は、学際的であろうとしたのではなく、自身が解き明かしたい謎を解くためには、分野にこだわらない知識が何より必要だったのだと笑顔を見せます。
例えば、日本人がどこからやってきたのか、という謎について。考古学で採掘をするだけでは不充分で、教授はまず、言語学の視点から謎を考えるそうです。日本語には開音節(open syllable)と呼ばれる母音で終わる音節が多くあり、これは英語とは大きく異なる特徴です。似た構造の言語を研究することが、日本人のルーツの推測に役立つかもしれません。教授は、言語学が日本人の起源に関する重要な手がかりをくれると指摘しています。
次に、遺伝子学です。日本人と韓国人の遺伝子は良く似ていることがわかっています。そして、文化人類学へと教授の思考は巡ります。
「日本には1万年以上前から存在していた特徴的な縄文土器がありますが、約2400年前に韓国の土器に似始めました。日本人の歴史を理解したいなら、音節、土器、遺伝子、植物や動物を理解する必要があります。歴史を理解するには、学際的でなければなりません」
「世界はとても興味深い。それが、私が科学の道を選んだ主たる理由です。理解すべきこと、答えの出ていない疑問が無数にあります。私は、明日10億円もらったとしても、私が3歳の頃から毎日やってきたこと――読んだり書いたりして考えることをやめないでしょう。お金のために研究をしているのではないんです。面白いから研究しているのです。幼かった息子たちは、私が机に向かっているのを見ると、『パパが仕事をしている』とよく言いました。私は、『いや、仕事をしているんじゃない。楽しんでいるんだよ』と答えました。大学は、私が楽しむことに対して給料を支払ってくれています。世の中には、楽しむことでお金をもらえる人はそう多くありません。しかし、もし研究者になって自分の仕事を楽しめるなら、楽しみながらお金をもらえるのです」
民主主義、資本主義、気候変動。3つの危機を乗り越えるために

ダイアモンド教授は、2023年に日本で刊行された共著本の中で、民主主義と資本主義の厳しい現況について語っています。資本主義は、一部に富が集中し、格差が拡大していく性質を持ちます。しかし、民主主義によって富が再分配され、格差が軽減されることで、公平で幸福な社会が保たれるだろうと考えられてきました。しかし今、資本主義がテクノロジーによって破壊され、「勝者がすべてを獲る経済」になっている、と教授は指摘します。
"国が得た経済的恩恵をより広く、国民全体に行き渡らすことができていません。(中略)現在の民主主義は、資本主義によって経済的恩恵を受けておる人たちによって独占されています。若い人たちが、資本主義は自分たちの利益にかなっていないと訴えていますが、それは正しいのです。経済的公平さが欠けています。(中略)資本主義は搾取の構造で成り立っています。ですが、いま我々がたのむ民主主義は、その搾取されている側の声を政治に生かすように作られていません。"
『未来を語る人:世界の知性が語る、資本主義のゆくえ』(大野和基編、集英社インターナショナル、2023年)
富の集中は、環境問題にも悪影響を及ぼすリスクがあります。教授が、文明が崩壊するメカニズムのなかで解き明かした、ある一部の人間が利益を最大化しようと考えた時「倫理に反するが合理的な行動」を取る可能性があるためです。こうした資本主義、民主主義の危機、そして気候危機に対して、私たち市民一人ひとりは、どのような行動を取ることで、この危機に立ち向かうことができるのでしょうか。
民主主義国家において市民にできることのひとつは投票であり、有権者には重要な責任がある一方、私たちが取れる有意義な行動は投票以外にもある、と教授は言います。
「市民は、自分が関心を持つ活動に対して、少額でも寄付をすることができます。WWF、コンサベーションインターナショナル、そういった環境団体は非常に少ない予算で活動しています。例えば、イーロン・マスクの資産は、世界中のすべての環境保護団体の予算を合わせた額よりも多いのです。環境政策に影響を与えたいのなら、100円でも1000円でも、環境団体に寄付することです。
別の方法として、環境への影響を考慮して買う物を選ぶことも重要です。例えば木材製品を買う時、その木材はどこで伐採されたのかを考えてみてください。その木はどこで切り倒されたのか? もしアマゾンの熱帯雨林を伐採して作られているかもしれないなら、その木材は買うべきではありません。日本のように適切に管理された森林の木材を選ぶべきです。最後に、環境保護運動に参加することもできます。ひとりで声を上げるのではなく、環境団体の一員となり、多くの人々と協力して環境を守るための活動を行うのです。ひとりの行動は小さなものかもしれませんが、100万人が力を合わせれば、世界に影響を与えることができます。」
崩壊を止めるのは、長期的構想と根本的価値観を問う勇気

今年88歳を迎える、ダイアモンド教授。人々の意識を変え、環境問題を解決に導く力が、若者たちにあると確信しています。
「若い世代の方々は、環境問題の結果を引き受けることになります。だからこそ、若い人こそが環境問題に取り組むべきなのです。日本の若手物理学者、三宅芙沙さんを例に挙げましょう。彼女は放射性炭素年代測定の分野で、近年最も重要な技術開発を成し遂げました。若い人は、斬新なアイデアを生み出し、50歳や60歳の教授よりも大きな貢献をすることができるのです。
もしあなたが若くて科学に興味があるなら、ぜひ科学研究の道に進んでください。別の分野に興味があるなら、それを追求すればよいでしょう。しかし、30年後に自分が直面する環境の状況をよく考え、崩壊した世界ではなく、健全で清潔で豊かな世界で生きられるように、環境を大切にしてください」
自らを「慎重な楽観主義者」と称するダイアモンド教授は、環境問題は人類が生み出した問題であり、制御も、解決に向けて踏み出すかどうかも、すべては私たちの手中にあるのだと述べています。必要なのは新しい技術ではなく、既存の解決策を適用する政治的な意思だけだ、とも。「環境危機を克服するために最も重要なことは、単一の解決策を探すことではありません。なぜなら、私たちはひとつではなく、少なくとも12の異なる問題に対処しなければならないからです」と教授は言います。
問題に気づいていても、短期的で受け身な選択をすれば、自然環境は破壊され、文明の崩壊へとつながるでしょう。崩壊を止めるために必要なのは、長期的な構想と、根本的な価値観を問い直す勇気です。
ダイアモンド教授は次のように述べています。
「30年後、自分で作った世界を経験することになります。もし世界が破綻していれば、あなたはその結果に苦しむでしょう。しかし、あなたの発見によって世界を直すことができれば、自身でその恩恵を受けられるのです」
多くの学問分野を横断し、人類史を解き明かしてきたダイアモンド教授の言葉を頼りに、選択し行動する。その積み重ねが、危機を乗り越えた未来をつくる礎になるはずです。
Profile
ジャレド・ダイアモンド教授
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)地理学教授
2019年ブループラネット賞受賞者
1937年ボストン生まれ。ハーバード大学で生物学、ケンブリッジ大学で生理学を修める。研究領域は進化生物学、鳥類学、人類生態学など多岐に渡る。1998年にピュリツァー賞を受賞した『銃・病原菌・鉄』のほか、『文明崩壊』(ともに草思社)、『昨日までの世界』『危機と人類』(日経新聞出版社)など著書多数。2019年に受賞したブループラネット賞のほか、人と自然の共生に貢献した人に贈られるコスモス国際賞、環境科学などの功績者に贈られるタイラー賞など受賞も多数。