世界の水不足問題【統合的水資源管理】

世界の水不足問題

ミズ

 現在、世界中の多くの国で水不足が深刻化しています。水不足とは、私たちが使用したい水の量が実際に得られる水の量を上回り、持続可能な水資源の利用が限界に近づいている、または限界を超えている状態※1のことです。こうした状況を表す指標として水ストレスがあります。この指標は2018年にブループラネット賞を受賞したマリン・ファルケンマーク教授が世界で初めて考案したものです。現在では、この指標はさらに発展し、ある国や地域における1人当たりの1年間の水使用量が1,700m3以下の状況を「水ストレス」、1,000m3を切った状態を「水不足」、500m3以下を「絶対的な水不足」と定義するのが一般的になっています。

 2020年時点で、世界の約24億人が「水ストレス」に直面しています※2。また、国連食糧農業機関(FAO)よると2025年までに世界人口の3分の2が「水ストレス」に、18億人が「絶対的な水不足」に直面すると予想されています※2。水不足の主な原因として、世界的な人口増加による水需要の拡大、気候変動による水供給の不安定化、都市開発に伴う森林伐採による水源破壊などが挙げられます。

 また、水不足はさまざまな問題を引き起こします。2023年にUNICEFとWHOが発表した報告によると、2022年時点で世界の22億人が「安全な飲み水(自宅でいつでも使え、排出物や化学薬品で汚染されていない水)」を利用できない状況にあります※2。うち、1億1,500万人が湖や川などの未処理の水を使用し、毎年140万人以上が汚れた水を飲んだことによる下痢やコレラなどの病気で亡くなっています※3

 さらに、世界では18億人が家庭の敷地内で水を入手することができません※3。こうした家庭のうち、10世帯中7世帯では、15歳以上の女性が水を汲みに行く役割を担っています※2。女性たちは水を汲むために遠くまで歩かなければならず、その結果、勉強や仕事、自由な時間が奪われています。また、道中でけがをしたり、危険な目に遭ったりするなどの経験をしています。

 水不足は世界の平和にも影響を与えています。米国の研究機関によると2000~2019年の20年間で、水を原因とする紛争や暴力事件が676件発生し、その多くが中東、サハラ以南アフリカで起きたものでした※4。水紛争の主な原因としては、水資源の配分や所有権をめぐる争い、上流地域での汚染物質の排出などが挙げられます。

※1 https://www.unicef.org/media/95241/file/water-security-for-all.pdfより
※2 https://www.unep.org/news-and-stories/story/shortages-mount-countries-hunt-novel-sources-waterより
※3 https://data.unicef.org/resources/jmp-report-2023/より
※4 https://globalnewsview.org/archives/13462より

問題解決に向けた取り組み:統合的水資源管理

 こうした水資源の不足問題を解決するため、国際社会において広く普及している概念が,統合的水資源管理(Integrated Water Resource Management)です。

 統合的水資源管理は、水資源の持続可能な利用と利用者間の公平な分配を実現することを目的とした包括的アプローチであり、以下のような特徴があります。

 先ず、水資源は限られた共有資源であり、その利用にあたっては多くの利害関係者が存在します。これには農業、工業、家庭における水の利用者などが含まれます。それぞれの利用者が独自に水資源を利用すると、過剰利用や汚染が発生しやすくなります。統合的水資源管理は、利害関係者が協力し、持続可能な方法で水資源を利用・管理する枠組みを提供することを重要な目的の1つとしています。

 次に、統合的水資源管理は環境に与える影響を考慮に入れて水資源の管理を行います。水利用による環境への影響、例えば河川の生態系へのダメージや地下水の枯渇などは、しばしば見過ごされがちです。統合的水資源管理ではこうした環境負荷を評価し、必要な保全措置を講じることを目指します。これにより、将来世代への水資源の持続可能な供給を確保します。

 また、統合的水資源管理は透明性と参加型の意思決定を重視しています。すべての利害関係者が情報を共有し、意思決定プロセスに参加することで、公平で効果的な水管理が実現します。これにより、地域社会全体で水資源の価値を認識し、持続可能な利用に向けた共通の理解を深めることを目指しています。

 現在、統合的水資源管理は、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals、以下SDGsという)目標6の中のターゲット6.5として設定され、2030年までに、国境を越えた適切な協力を含む、国、自治体、流域や域内のコミュニティなど全てのレベルにおいて統合的水資源管理を実施することを目標としています。

 また、日本は2014年、健全な水循環を維持し、又は回復するための施策を政府一体で進めることを目的とした水循環基本法を可決しました。また、翌年2017年に水資源の保全と持続的利用を目的とした水循環基本計画を作成し、統合的水資源管理の考えを取り入れた「流域マネジメント」の推進を同計画の中心施策として位置づけています※5。流域マネジメントは、地域の実情に即した持続可能な水資源管理を行うため、地域主体で計画を作成し、実施することを重視しています。具体的には、自治体、事業者、住民など地域の水利用に関係するすべてのステークホールダーが参加する流域水循環協議会が、現在および将来の課題や目標を共有しながら総合的な流域水循環計画を作成し、この計画に基づき水循環に関する施策を関係者が協力して実施します。

 統合的水資源管理の具体的な例として、中南米に位置するボリビア・コチャバンバ県で進められているプロジェクトをご紹介します。

 コチャバンバ県はボリビアで3番目に人口の多い県で、同県を流れるロチャ川流域にはコチャバンバ大都市圏があり、同県の7割以上の人たちがこの流域内に住んでいます。20世紀後半、ロチャ川流域では、水不足が常態化し、水質悪化、下水の処理能力不足による水質汚染等、水に関する環境悪化が深刻化していました。また、慢性的な水不足に起因する水利用を巡る住民同士の争いが発生しており、特に1999~2000年に発生した水道事業の民営化と水道料金の値上げに反対する市民による暴動は「コチャバンバ水紛争」として広く知られています。こうした状況は住民の行政への不信感を生み、水問題に対する取り組みを推進するうえで大きな阻害要因となっていました。

 こうした問題を解決するため、コチャバンバ県は、日本の独立行政法人国際協力機構(Japan International Cooperation Agency:JICA)の支援を受け「コチャバンバ県統合水資源管理能力強化プロジェクト※6」を実施しました。

 統合的水資源管理の目的は水資源の安定的利用の実現であり、そのためには、変化する環境、経済、社会の状況に対処できる管理体制を構築し、様々な水を利用する関係者を調整し、合意形成を図ることが重要です。

 プロジェクトでは、先ず、流域内で統合的水資源管理を実施するため、自治体の能力強化が図られました。具体的には、自治体が法令等に基づく統合的水資源管理を行うため、関連する現行の法律、政令、規則について情報収集を行い、それらを1つの法令集として体系的に取りまとめました。また、流域内の水量、水質、水循環などのモニタリングデータが整理され関係機関で共有されるとともに、モニタリングシステム運用マニュアルを新たに作成し、運用に関する研修などを実施しました。

 また、コチャバンバ県では過去の水資源管理の失敗などの影響により、住民の行政に対する不信感が根強く、住民を巻き込みながら合意形成を図ることが課題となっていました。こうした状況を受け、このプロジェクトでは、水資源管理に関する問題や課題について住民と協議を行い、合意形成を図る試みが試験的に行われました。この試みは、実際に合意形成を達成することよりも、成功例や失敗例がどのようなプロセスの中で発生したかを理解し、そこから得られた教訓を将来の住民との合意形成に生かすことを目的としていました。試みの結果、流域間の状況共有や協議の不足、社会的合意形成を図るための市役所の実施体制の脆弱さ、行政への信頼の低さなどの課題が明らかになり、こうした課題改善に向けた取り組みが現在進められています。

※5 https://www.rfc.or.jp/pdf/vol_81/p002.pdfより
※6 https://www.jica.go.jp/Resource/project/bolivia/009/materials/n0p806000000apdv-att/brief_note_202009_jp.pdf/より

    

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