気候変動と食糧生産【クライメート・スマート・アグリカルチャー】

気候変動

気候変動と食糧生産(農業)

イネ

 近年、気候変動(地球温暖化)を原因とする異常気象が世界各地で頻発しており、私たちの生活に欠かすことのできない食糧生産に大きな影響を与えています。

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書は、気候変動が食糧生産に与える影響として、気温上昇による作物の成長期間・品質への影響、降水パターンの変化に伴う干ばつや洪水の甚大化・頻発化による農業生産への影響、ハリケーン・猛暑などの気象災害による作物や家畜への影響、海面上昇による沿岸地域における農業への影響などを挙げています※1

 こうした被害は世界各地で発生しており、世界気象機関(WMO)は、2022年に発生した東アフリカの干ばつ、パキスタンの記録的な豪雨、中国やヨーロッパにおける過去に例を見ない熱波などにより、数千万人が影響を受け、食料供給が不安定化し、数十億ドルの損失と損害が発生したと報告しています※2

 また、国際食糧農業機関(FAO)の報告によると、2022年、気候変動の影響などの理由により、23億人が食糧不安に、その内7億8,300万人が飢餓に直面しています*3。飢餓に直面している人たちの数は2021年の6億9,100万人と比べ1億2,200万人増加しており、世界的な人口増加と気候変動に伴う異常気象の激甚化・頻発化により、飢餓に苦しむ人々の数がさらに増大することが懸念されています。

  一方で、私たちの食糧を生産する農業は、気候変動の一因にもなっています。世界全体の温室効果ガスの排出量をセクター別にみると、農林分野からの排出量は22%を占めています*4。特に農業からは、温室効果の高いメタン(CH4が牛などのゲップから、一酸化二窒素(N2O)が農業用の肥料から排出されます。

 2024年現在、世界126の国々が2050年までにカーボン・ニュートラルを実現することを表明しており*5、農業分野における温室効果ガスの排出量削減も喫緊の課題となっています。

※1 https://www.ipcc.ch/report/ar5/wg2/より
※2 https://library.wmo.int/records/item/66214-state-of-the-global-climate-2022より
※3 https://data.unicef.org/resources/sofi-2023/より
※4 https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg3/downloads/report/IPCC_AR6_WGIII_FullReport.pdfより
※5 https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2021/html/1-2-2.html#n19より

問題解決に向けた取り組み:クライメート・スマート・アグリカルチャー

 こうした食糧生産への気候変動の影響が深刻化する中、国際社会において推進されている取り組みが,クライメート・スマート・アグリカルチャー(Climate Smart Agriculture、以下CSA)です。

 CSAは、気候変動に対応しながら持続可能な農業を推進することを目的としてFAOが2010年に提唱したアプローチで、①農業生産性と農家所得の持続的改善、②気候変動に対するレジリエンス(回復力)と適応力の強化、③温室効果ガス排出量の削減の3つのゴールを同時に達成することをめざしています※6

 また、2010年以降、CSAの考えは世界各国から支持を受けています。例えば、世界30カ国以上の国々は、温室効果ガスの削減目標を記した約束草案(intended nationally determined contribution)において、CSAを農業分野における主要な気候変動対策として位置づけています※7

 CSAの具体的な取り組みについて、フィリピンとチリの取り組みをご紹介します※8

 
1)フィリピンのココナッツ農家におけるCSAの取り組み

 2013年、台風ハイヤンがフィリピン中部を襲い、60万ヘクタール(東京都の広さは21万9千ヘクタール)の農地に壊滅的な被害を与え、7億米ドル以上の損害をもたらしました。また、約4,400万本の樹木が台風の被害を受け、ココナッツ農業に従事する170万人が影響を受けました。

 FAOは、被害地域にココナッツの木を植え替えるだけでは不十分と考え、ココナッツ農家が気候変動に適応し、安定的な農業生産を実現することを目的として、傾斜農地技術(Sloping Agricultural Technology、以下SALTという)を導入するプロジェクトを開始しました。SALTは、地図上で同じ高さの地点を連ねて書いた線(等高線)に沿って多様な作物を植え、短期、中期、長期にわたる収穫を可能にする農法です。農家はこれにより、年間を通じて安定した収入を得ることができます。

 このプロジェクトで、被害を受けた100以上の地域にSALTが導入され、ココナッツ農場を営む2265世帯が恩恵を受けました。具体的には、短期作物で3~4カ月ごと、中期作物で5~12カ月ごと、多年生作物で数年ごとに収入を得ることができるようになりました。そして、作物を季節ごとに入れ替えることで、長年悩まされていた病害虫の影響を減らすことができました。また、このプロジェクトを通して、政府機関、地方自治体、地元農協組合、ココナッツ農家など利害関係者の協力関係が築かれました。

 
2)コスタリカのパイナップル生産におけるCSAの取り組み※9

 中米に位置するコスタリカは世界一のパイナップル生産国です。一方、農家はパイナップルを育てるために必要以上の肥料や農薬を使用し、散布された肥料や農薬から温室効果ガスが発生したり、河川や小川などの地表水や地下水を汚染したりしていました。

 コスタリカ政府や研究者たちは、世界最大のパイナップル生産国の地位を維持しながら、温室効果ガス排出ゼロを達成するため、FAOなどの国際機関と協力して、廃棄されたパイナップルを原料にバイオ炭を製造し、このバイオ炭を使ったパイナップルの生産に取り組み始めました。バイオ炭とは、木や竹、廃棄物などの生物資源を焼いて作った炭のことです。バイオ炭の原料となる生物資源は、そのままにすると微生物により分解され、二酸化炭素として、大気中に放出されます。しかし、これらをバイオ炭に加工し、土壌に混ぜることで炭素を土壌に閉じ込め、大気中への排出を減らすことができます。加えて、バイオ炭の使用により、土の保水能力や通気性が向上するとともに、土が持っている肥料成分を保持する力、すなわち保肥力が高まります。こうした土壌環境の改善は、農薬や肥料の土壌からの流出を減少させ、また、農作物の毛細根の発達を促し、農作物がより多くの栄養素を吸収できるようになります。

 こうした取り組みを通して、コスタリカの農家は二酸化炭素の排出量を削減し、これまで過剰に使用してきた農薬や肥料の使用量を削減することに成功しています。また、農薬や肥料の使用量の削減は、パイナップル栽培に係るコスト削減にもつながり、CSAの目的の1つでもある「農業生産性と農家所得の持続的改善」の実現に寄与しています。

※6 https://www.fao.org/climate-smart-agriculture-sourcebook/concept/module-a1-introducing-csa/a1-overview/en/より
※7 同上
※8 https://www.fao.org/policy-support/tools-and-publications/resources-details/en/c/1177071/より
※9 https://www.iaea.org/newscenter/news/costa-rica-paves-the-way-for-climate-smart-agriculturefより

    

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